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奥秩父を憶ふ

「秩父を憶ふ」

 緑の色濃い葉陰に白雲低迷する幽林、今出たばかりの流れが落葉や苔むす岩を走りつつ、やがては青葉の谷を脚下にとよもす瀑布の響き、樹間奥深いかなたに叫ぶ怪鳥の聲、ときどき幽林がまばらになつて、思はぬ全面に屹立する峯頭、ぶくぶくする苔深い樹間を草鞋もて軽くふむ気持ち、秩父を思う時、かうした印象が爽やかな涼風と共にあたりに浮かんでくる。
 多摩川の上流、奥多摩の一峯に立って、遥かに秩父の山を仰ぐ時、また、これ等の山々の中腹に黒々と茂つている幽林の底を、甘い蜜のように浸している滴りを集め集めて遙々の旅をして来たこの流れの溪谷に俯して見る時、秩父の山々、秩父の溪谷が潤いある色彩をもつてこの流れの瀑布を作り、白雲をただよはせている光景を思い起こす。
 秩父と甲斐との國境を形作る山脈から流れ出づる多摩川の本流、大菩薩峠から始まる多摩川の支流小菅川、これ等は私の過去たびたび秩父の旅の大きな動因となったものである。これ等は今や奥秩父の雲深い彼方に、溪谷の緑濃い彼方に、如何なる鼓動を以つて湧きつつあるだらうか。如何なる豊かな色彩をもつ花をその岸に咲かせつつあるだらうか。


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「峠と高原」 田部重治 (昭和25年 角川文庫)より

昭和5年、今から80年ほど前に書かれた文章だが何も変わっていない。


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by mobydick67 | 2011-03-10 23:02 | 奥秩父:山歩きと備忘録
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