タグ:服部文祥 ( 12 ) タグの人気記事

角幡唯介はどこへ行く?

探検家、36歳の憂鬱 角幡唯介

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最近コンパでモテない、というたわいもない話から始めて(昔はモテたの?とツッコみたい・・・)、現代冒険論、西丸震也ばりの現代文明論まで語ってしまう大著。特に富士登山の流行から、現代都市生活における身体性の欠如という「病」を自らの冒険に絡めて語った「富士山登頂記」は圧巻。自虐ネタを披露しながら、しっかり大きなテーマを語りつつ、最後に自分の問題として語ることも忘れない周到さが心憎い。さらにこの本では極地に冒険に行くときに救助という退路を断つために、衛星電話や無線を持たないことのみが真の冒険が成り立つ条件ではないかということもほのめかされていて、そのあたりは服部文祥の先祖返り山行に通じるところもあり、もちろん冒険家や登山家ではない僕たち普通の人が山を歩く時にも考えてみたいテーマの一つかもしれない。

・・・・と興の乗った文章にこちらも乗せられてついつい同感、同感と膝を打ってしまったけど、よく考えてみると身体性の欠如は確かに「病」かもしれないけど、そういう病にかかるようになった原因と、僕たち普通の人が住む場所を選べるようになったり、登山をリクリエーションとして楽しんだり、そのなかのごく一部の人が貴族や金持ちでなくても冒険を楽しめるようになった理由は同じもの(=文明の発達)なわけで、100年前には不可能だった、冒険をする、しない、都会に住む、住まないという選択ができるようになっただけましではないか、という意味でちょっと話をまとめすぎ、詭弁かなとも思えてきた。そのへんが「憂鬱」なんだろうけど・・・・。その点では方法論としては愚鈍かもしれないし、文章もそこまで洗練されてないけど、服部文祥のほうが一歩抜きん出ているのではないかとも思った。

でもとても良い本なので特に若い人には是非読んで欲しいなあと思います。

新著アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極も出るようだし、角幡唯介はこれからどっちに行くのかな?楽しみです。
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by mobydick67 | 2012-09-26 15:54 | | Comments(0)

ブンガクする服部文祥

狩猟文学マスターピース  服部文祥 編

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狩猟サバイバルではヘミングウェイばりのハードボイルドな描写を取り入れ、最近では「やまかわうみ」 という季刊誌で小説も連載中の服部文祥編集の狩猟文学大全。「マスターピース」の名に恥じない素晴らしい作品群。ほとんどが長い作品からの選り抜きの抜粋で、是非全編を読んでみたいと思わせる名文が揃っている。そして、「デルス・ウザーラ」や本人は狩猟をしなかった星野道夫による狩猟エッセイなど、すでに既読の定番作品が名を連ねるコレクションのなかで、恥ずかしながらこれまでその存在さえしらなかた作品に出会った。

深重の海 津本陽

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明治初期、押し寄せる近代化の波のなかで捕鯨を続ける太地の人々の悲劇を、力強い地の言葉をそのまま取り入れて壮大な叙事詩として語りきった捕鯨時代小説。いまから30年以上前に書かれた作品だけど、その強度は衰えていない。感服。

この作品のことを教えてくれた服部文祥に感謝。やはり、服部文祥からは目が離せないな。
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by mobydick67 | 2012-04-10 23:31 | | Comments(0)

服部文祥 小説に挑戦!

新しく創刊された民俗学雑誌に服部文祥の文章が連載されている。

やまかわうみ 創刊準備号(2011.春)―季刊  サバイバル登山家外伝 1 


出版元アーツアンドクラフトのサイトでさわりが読める。話の舞台については「首都圏からそれほど遠くない、三つの県境が交わる山塊」としか書かれていないが、奥多摩、奥秩父、あるいは尾瀬あたりだろうか。

書店で立ち読みしたけど、他の記事はなんだか小難しく、全体的にちょっとブンガク的。民俗学雑誌というよりも自然派文芸誌といった感じ。服部文祥の「源じいさんの思い出」も本人の弁によると「小説」ということになるらしい。小説という虚構の冒頭で、語り手がこれは小説(虚構)ですと宣言する、小説としては陳腐な書き出しだけど、「物語」はとてもおもしろそうでつい引き込まれてしまう。次号が楽しみ。
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by mobydick67 | 2011-05-12 09:06 | | Comments(4)

100年前の山を歩いてみたい

百年前の山を旅する
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狩猟サバイバルを読んだときには、著者服部文祥はいったいどこまで突き進むのだろうと思ったが、ある意味この新刊は山を歩く人として原点に立ち返る試みかもしれない。昔の装束と装備で、昔の人が辿ったコースを歩いた魅力的な山行記。私には、田部重治と小暮理太郎のほぼ100年前の山行を辿った最初の2編「100年前の装備で山に入る―奥多摩・笹尾尾根縦走」「日本に沢登りが生まれた日―奥秩父・笛吹川東沢遡行」が特に興味深かった。
 少し想像力を働かせればわかることだが、奥多摩や奥秩父といった低山、中級山岳でも、テントやコンロ、合成繊維でできた高性能の雨具を持たないで、さらに地図やコンパスも持たないで山に入れば、たとえ経験豊富な登山家であろうと厳しい自然に苛め抜かれることになる。ただ、それを想像することと、実際にやってみるのとでは大きな隔たりがあり、あくまでも自分の体で経験してみようとするところが服部文祥の服部文祥たる所以。さらにその経験から次の新しいステップ(序文「過去とシンクロする未来」)を見つけ出すところが彼の真骨頂。
 以前も似たようなことを書いたけど、今や初めて行く山域でも事前にネットやガイドブックで簡単に写真を見ることができ、、地図を開けばご丁寧に標準コースタイムや水場の位置が書いてある時代。もしも道に迷ってもGPS(まだ持ってません・・・)で現在地を知ることができるし、どうにもならなくなったら携帯電話(SBでさっぱり山では使えませんが・・・)でヘリを呼ぶことも可能だ。最新鋭の便利な装備を持てば、いろんなリスクを減らすことができる。そんな機器や装備、服についつい惹きつけられて物欲をかきたてられてしまう自分もいる・・・・

難しいなあ。この本に書かれているような真似はとてもできそうにないし、真似をしてもしょうがないので、装備の先祖返りについては、極力シンプルな道具を使うという程度にとどめておいて、まずは古い地図やガイドブック、雑誌を見て奥秩父の今では人の歩かなくなった古い道を調べたり、歩いたりすることから始めてます。

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そういうわけで(?)、やっぱり服部文祥の本は面白いし、大いに刺激されるわけです。
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by mobydick67 | 2010-12-20 22:29 | | Comments(0)

お礼

昨日、山ごはんを買いにICI石井神田登山本店にいくと、入り口のレジの横にこんなものが・・・

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そして書籍コーナーには服部文祥のサイン本が山積み。


残念ながらよくレジに立っている平出さんはいませんでした。
でもいくら年下でも「平出君」はねえ・・・。どーせなら、まだ呼び捨てのほうが好感もてるけど。自分で「祝」っていうのも・・??

まあ、そこが服部文祥・・・好きだなあ。
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by mobydick67 | 2010-11-19 07:03 | 雑感 | Comments(0)

山岳遭難の傾向と対策??

今日発売の岳人 2010年12月の特集は「2010年山岳遭難を振り返る」。


様々な例を挙げ、色々な角度から遭難事故を分析していて興味深い。先日テレビでも事故後のひどい様子が放送されていた服部文祥による南アルプスでの滑落事故報告もある。これまで読んだ彼の著作、山行記のなかで最も共感できる。これを「屁理屈」の一語で片付けてしまうのはもったいない。さらに今年正月の黒部五郎遭難騒動の渦中の人、山田哲哉参加の座談会も収録されていてこちらも面白い。今、岳人が遭難特集をするなら絶対に外してはいけいない二人(?)だが、ちゃんと二人に自身の言葉で遭難について語らせているところはエラい。

ただ特集全体の基本的論調として、相変わらず高年者による事故の多さを強調する点には少し違和感。中高年による遭難事故の多さは、中高年が入山する登山者に占める割合が多いことが一因であることは自明でそのことも指摘されてはいるが、せっかく個別の遭難例を挙げて検証しているのに最終的におおざっぱに一般化して語ろうとしているのは残念。先日、奥多摩を歩いていても結構若い人が増えたような気がしたけど、今後は先日の沢口山の遭難事故のようにメディアは若年者による軽率な行動としてひとまとめにして槍玉に挙げていくのかな・・・。いずれしにしてもどんな事故も決して人事とは思わないことが大切。明日は我が身・・・。

山田哲哉の「奥秩父 山、谷、道、そして人」もとうとう連載終了。単行本化が楽しみ。
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by mobydick67 | 2010-11-15 22:15 | | Comments(3)

1対1で自然と対峙する


先日テレビで放映された服部文祥のドキュメンタリーはとてもおもしろかったが、何か細切れの映像を性急に繋いだだけで尻切れトンボのように終り、そういう問題の投げ方をするか??という内容だった。彼の自然と「フェア」に向き合いたいという思いは、初めて彼のことを知った視聴者にうまく伝わったのだろうか?私自身は、服部文祥の本や山行記録を初めて読んだときはそういうベクトルがあったか!と、目から鱗が落ちる思いだった。その後も、狩猟という分野へと分け入ることでブレることなく確実に進歩していることを著作を通じて知ることができ、次の山行記や本がとても楽しみだ。

と思ったら、テレビにもちらりと写ってましたが連載が単行本化されたようです。

百年前の山を旅する



でも世の中には(当たり前だが)同じように単独で山に篭って狩猟をしている人は他にもいる。

羆撃ち

著者久保俊治は小さい頃から父の狩猟について歩いたことで、大学卒業後、職業として猟師を選び、北海道で羆や鹿を狩って暮らしている。現在は牧場なども経営しているようだが、この本で語られる70年代、20代のあいだは猟期の間はほとんど単独で山をテントやツエルトで泊まり歩きながら暮らしている。その経験によって研ぎ澄まされた五感が捉えた自然の描写はきらきらとひかっている。またそこから生まれた自然に対する考え方、態度は服部文祥同様に、あるいはそれ以上に謙虚だ。後半は自分で猟犬として育てたアイヌ犬フチとの暮らし、狩り、別れが描かれていて動物記としても心を揺さぶる。

こういう本を読むと、ただ趣味で山を歩く者としても自然に対して謙虚でありたいと思うけど・・・・それは装備をきりつめることかもしれないし、そうではなく自然を甘くみないでしっかりと装備を持って山に入ることかもしれないし・・・・難しいね。


上記の本の表紙に描かれた名犬フチに少し似ていなくもない、うちのお犬様JONIも主人同様、狩猟などとは無縁なのんびりとした暮らしを満喫されています。

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by mobydick67 | 2010-11-02 09:09 | | Comments(4)

岳人 2010年5月号


いまさらなんですが最新号の岳人 2010年5月号には二つの興味深い記事があります。



一つは山田哲哉さんによる連載


奥秩父 山、谷、道、そして人(17)
甲武信岳を守り、独特な魅力を創り出してきた人々


甲武信小屋を特集した記事です。
現役の徳さん、爪ちゃんをはじめ、先代にあたる徳さんのご両親、山中邦治さんと山中時子さんのことにも触れています。私は機会があって一度だけ邦治さんと時子さんにもお会いしたことがありますが、二人ともお元気でとても隠居の身には見えず、矍鑠(かくしゃく)とした姿にこちらが元気をもらう始末でした。
実は先日飲んでいるときに、「いつもテントなんで、小屋はなくてもいいけど、ここにソーラーパワーで通年24時間稼働するビールの自販機があればいいなあ・・・ワインとワンカップも出てくるとなおいい・・・」と、バチあたりなことを冗談で言ってみたりしましたが、大いに反省しています。すみません。
テント泊で小屋に泊まらない私にも、小屋を続けていく大変さとその必要性はうかがい知ることができます。

これからもずっとあそこにあって欲しいと願っています。




二つめは、その山田哲哉さんパーティーの遭難救助について服部文祥さんが書いた、


「風の谷」パーティー遭難救助の顛末と検証


読み応えありました。ヤマケイでも少し前に検証取材記事としてかなり厳しいことが書かれていましたが、こちら岳人の記事のほうは客観性にとらわれることなく目線を当事者と同じ高さ、位置に置くことでより踏み込んだ服部さんらしい内容になっています。批判の原因の一つにもなったガイドレイシオ違反についても、逆にその形骸化の恐れを指摘したりしていてとても興味深いものでした。
どちらの記事が優れているとかいうことではなく、両方の見地を活かして、オープンで忌憚ない検証を今後も行って欲しいと、いちヘタレ山歩き人として考えます。




ああ、それと、高桑信一さんの山行記事、


奥利根から越後へ


もとても良かった。こういう春の山歩きもやってみたいなあ・・・
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by mobydick67 | 2010-05-10 19:41 | Comments(0)

服部文祥はどこへ行く?


服部文祥の狩猟サバイバルを読み終わった。面白かった。サバイバル登山家にあった力みがなくなり、肩の力が抜け、ヘミングウェイを模したと思われる猟を描写する文章にも余裕が感じられる。

これまでサバイバル登山はウルトラ・ライト・ハイキングに通じるものがあると思っていたが、重い銃を持ってゆっくりと慎重に歩を進めるその山歩きは、ULの端緒となったアルパインスタイルではなく、その対極にある極地法に近い方法論のようだ。ただ、本文中のベクトルという言葉を借りれば、垂直、スピードといったベクトルではなく、自然に近づくというベクトルを追求する点ににおいてはやはりレイおじさんのULに通じるものがある。どちらにしても、山を歩くってことは、考えるということにつながるのだ。

ケモノのように山で生きることから、ケモノを狩って生きることへと進化したその思想は次はどこへゆくのだろう?やっぱり次が楽しみだ。

まあ、ヘタレの私にはとても真似などできないが、仕留めた鹿の角つきのお頭を電車に乗って家に持ち帰るエピソードを読んで、山で鹿の角を拾ってそれをザックに外付けして帰ったときのどきどきした気持ちを思い出した。


また先日、奥秩父縦走時に奥多摩で鹿のレバ刺喰ったのはまずかった??(本書中にレバーから寄生虫が出てくるくだりがある・・・)とても旨かったんだけど・・・



何でもいいから、何かにこだわって山を歩きたい、ね。
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by mobydick67 | 2010-02-17 18:09 | | Comments(0)

服部文祥 生+死=命


少し時間がたってしまいましたが、2月7日朝日新聞朝刊の「異見新言」に服部文祥さんの文が掲載されていました。

「ズルをしない」というキーワードの他に

「生+死=命」

という言葉がでてきます。

生+死=命というフレーズは、エロス(生への欲望)とタナトス(死への欲望)という概念をわかり易く説いたものだと思いますが、じゃあ、生=命-死?? とかいろいろ考えるヒントにもなります。時節柄、入試の小論文問題なんかにもってこいではないでしょうか。

山+本+ロックンロール=命  ・・・ぜんぜんイケてないですね・・・

う~ん、どうも命という言葉は使いづらい・・・人生!とかも・・・

それはともかく、
その他に自然との一体感がサバイバル登山の醍醐味というような主張もありますが、いま読んでいる(なかなか読了しないのですが・・・)Trail Life: Ray Jardine's Lightweight Backpacking(いつのまにかアマゾンでも扱い始めてました)でも、自然との調和、一体感こそLightweight Backpacking の利点であり目的であるということが頻繁に言及されます。岳人の特集記事ではないですが、やはりサバイバル登山とLightweight Backpackingは手段は少し違うかもしれませんが目指しているところは似ているようです。

でも・・・こういう真面目な文章もよいのですが、もっと具体的で下世話な、たとえば失敗談のような話を期待しています・・・・早く次作出してください。
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by mobydick67 | 2009-02-13 18:09 | | Comments(0)