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国師ヶ岳、甲武信ヶ岳間の主脈縦走路に信州側からとりつく道 再考

Hachiさんから情報をもとにルートを割り出すと・・・・こんな感じかな?西から。

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よーく見ると幾つか堰堤があったりけっこう奥まで道がついている模様。北から。

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もうここまできたら後には引けない。最終目的地はここ!(便所じゃないよ!)。上から・・・

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by mobydick67 | 2011-04-23 21:52 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(4)

国師ヶ岳、甲武信ヶ岳間の主脈縦走路に信州側からとりつく道


去年からずっと気になっている道がある。現行の登山地図には記されていない道。沢沿いから尾根にとりつく藪の道。廃道なのか?

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昨年入手した1931年(昭和6年)の古い登山地図にあるこの道。まだ毛木平と甲武信ヶ岳を結ぶ千曲川原流沿いの道さえない頃からある道。

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今年になって入手した1913年(大正2年)大日本帝国陸地測量部発行の五万分の一地形図にも記されている。こちらだと途中枝分かれして二本の道がある。

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現行の2万五千分の一地形図にはもちろんそんな道はなく、途中まで林道が記されているだけだ。赤い線を引いてみた。

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梓山から岩屋林道を経て国師ヶ岳まで歩いた際に歩いた梓久保林道は唐松久保沢をで横切る少し前で二股になっていて右が国師ヶ岳方面への岩屋林道(廃道)、左が唐松久保沢沿いと思われる仮称唐松久保沢林道。これで唐松久保沢を詰めて途中から北へ伸びる尾根を辿るれば奥秩父主脈縦走路に両門ノ頭あたりでぶつかるはずだ。以前、岩屋林道から国師ヶ岳に登り、そのまま縦走路を北上して甲武信ヶ岳方面に向かって歩いているとき、このあたりで北面の下のほうからチェーンソーの音が聞こえた。もしかすると縦走路に近いところまで人の手が入っているのかもしれない。

Google Earthの航空写真を見るとこの縦走路北面は少し林が切り開かれているようにも見える。

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これだけ地図を睨んでいると、もうそれだけで歩いたような気がしてくるけど・・・・・今度、歩いてみるかな。
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by mobydick67 | 2011-04-22 19:11 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(5)

早春の奥秩父主脈縦走 その3



2011年4月1日

5:00 起床。まずは湯を沸かす。ついでに靴や予備のガス缶も温める。マルタイの棒ラーメン。練乳入インスタントコーヒー。体が温まったら撤収、出発の準備。

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6:30 出発。また今日もいきなりたっぷりの雪。水師への単調な登り。

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7:20 水師。ここからも登りが続く。

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7:50 千曲川源流方面との分岐。このあたりからさらに雪が深くなる。

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あともう一息だ。

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8:30 甲武信ヶ岳頂上。無人。快晴。

これまで歩いてきた奥秩父主脈。金峰と国師の間には南アルプス。

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天竺尾根の向こうに八ヶ岳。

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そのさらに向こうには北アルプス。

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富士山。

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ここから先はよく歩かれていてはっきりトレースがある。


9:00 甲武信小屋。雪の重み、地震の揺れにも耐えてしっかりと建っていた。

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あとは麓を目指して下山。木賊山、戸渡り尾根、徳ちゃん新道経由で。

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13:00 西沢山荘前着。無事下山。

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麓はもうすっかり春だ。山を歩けるのはありがたいことだと身にしみた。
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by mobydick67 | 2011-04-06 22:46 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(2)

早春の奥秩父主脈縦走 その2

2011年3月31日

4:50 起床。もう少し早く起きるつもりだったが疲れていたせいか寝坊してしまった。湯を沸かし朝食の準備。いまるぷシェフのスープカッペリーニ。カッペリーニは調理に時間がかからず便利だし、スープ粉末の即投入によって味付けもしっかり。これからは朝の定番になりそうだ。

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行動中の湯を作ったり、テントのポールが凍っていたりで冬は撤収、出発の準備に時間がかかる。

7:00 出発。空はもう明るい。

いきなりたっぷりの雪が待ち構えていた。

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高度が上がって樹林が疎らになってくると雪は少し締まってくるが、斜度も増す。

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8:20 前国師ヶ岳。

西には昨日歩いた金峰山、朝日岳。

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北にはこれから目指す甲武信ヶ岳が三宝山と木賊山に挟まれている。

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広い稜線上の緩やかな雪面にトレースを刻みながらピークを目指す。

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8:50 国師ヶ岳頂上。ここからその先の小ピークまで進み、間違って天狗尾根に入らぬようにして北に進路を変える。

広い曖昧な尾根を下って高度を下げていく。枝尾根に入ってしまわないようコンパスと地図でときどき進行方向を確認。

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11:40 国師のタル。パンで昼食。雪が深く下りの多い道でも時間がかかる。

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12:50 東梓。雪がちらつき始める。

14:20 両門の頭。降雪で展望ゼロ。

ふきっさらしの尾根で雪に降られると辛いが、深い森のなかなら雪も悪くはない。

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15:30 富士見。

この日は富士見を越えられればいいと予定していたので、幕営に適した場所を探しながら雪で白く染まった林のなかをゆっくりと進む。

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16:00 富士見から雪で歩きにくい石楠花のトンネルを泳ぐように通って下り、水師との間の鞍部の針葉樹林のなかに適地を見つけて整地してテントを張る。

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集めた雪を融かして湯を沸かし、茶を入れ、人心地がついたらつまみを温めながらさらに湯を沸かしつつ、酒。息子は甘いもの。

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風もなくなり、外は沁みいるような静寂。ラジオでニュースと天気予報。避難された人々の生活環境はいまだに劣悪だし、原発も予断を許さないが、空は明日は晴れるらしい。夕食はドライフードのカレー、アルファー米の白米とドライカレー。体が温まると眠くなった・・・
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by mobydick67 | 2011-04-05 21:57 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(6)

早春の奥秩父主脈縦走 その1

里では桜のつぼみがほころび始めたが、去りゆく冬を惜しんでまだまだ雪がたっぷりの奥秩父を歩いてきた。今回はこの春から高校生になる息子と一緒。


2011年3月30日

早起きして、電車を乗り継ぎ韮崎へ。タクシーに乗り瑞垣山荘まで。なぜか黒森経由で。初めて通ったが、意外に集落が大きい。

9:20 身支度を整え出発。

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10:00 富士見平小屋

小屋の下の水場で顔を洗い、水を汲む。

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このあたりから雪が少し増えるがまだアイゼンは必要ない。

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11:00 大日小屋 パンで昼食、登りに備えてアイゼン装着。

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大日岩

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八丁平から上はしっかり雪道。30~50cmくらい積もっているがよく踏まれていて歩きやすい。稜線に出る砂払いの頭の下で単独の登山者とすれ違う。

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12:50 砂払いの頭。雲は多いが風はない。

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千代の吹上あたり。雪は多いが、危ないところはない。夏道にこだわらず、歩きやすいところを進む。

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14:00 金峰山頂上。曇っていて展望はよくないが、他に誰もいないピークを堪能。ピーク東側の岩陰で雪の備えて、アイゼンをアルミワカン、スノーシューに変える。ここから先はトレースはない。

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鉄山北面を巻くあたりから雪が増える。70~100cmくらい。アルミワカンは時々腰まで踏み抜く。遅々として進まない。雪も降り始める。

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16:30 朝日岳頂上。

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大ナギ

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17:30 朝日峠。尾根の北面、樹林の中の道は雪も緩くて歩きにくい。膝下から膝上のラッセルが続く。

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18:20 大弛峠。なんとか暗くなる前に到着。

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急いで小屋の前にテントを張り、小屋の横の軒下の水場で水を汲む。少し無理をしてここまできたのはこの水のため。ここは冬でも凍らない。テントの中で湯を沸かし、ほっとレモンで一息。なかなか堪える雪道歩きに二人ともへとへと。チーズやスルメ、目刺しをつまみに酒を飲み、湯を沸かし続け、アルファー米と真空パックの鰻で鰻丼。酒も少ないし、明日も長い一日になりそうなので早めに寝た。
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by mobydick67 | 2011-04-03 04:52 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(4)

古い山雑誌―― 山と溪谷 3号


山と溪谷 第3号 秩父特集
昭和五年九月二十日発行

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目次 

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田部重治、原全教、大島亮吉などが執筆


背表紙

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ちょうどこの昭和5年に三峰口まで全線開通した秩父鉄道の広告。


奥秩父概念図

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大好きな国師、甲武信間

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国師と奥仙丈の間に国師小屋、国師と甲武信間の国師のタルあたりに黄?小屋(漢字が潰れていてがよめない)があったようだ。もちろん登山者用の小屋などではなく、林業用の作業小屋だと思われる。



明日からこのあたりを歩いてこようと思ってます。
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by mobydick67 | 2011-03-29 19:11 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(2)

こんな日は古い地図を眺めながら机上登山 


冷たい雨だ。

奥秩父、奥多摩、丹沢などの戦前の地図を幾つか入手した。そのうちの一枚には金峰山、国師ヶ岳、甲武信ヶ岳がカバーされている。

金峰山 五万分一地形圖 甲府五號 
大正二年六月二十五日印刷 同六月三十日
著作権所有印刷兼發行 大日本帝国陸地測量部

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以前入手した古い登山地図と山道の状況はあまり変わらないが、こちらのほうが精度が高いので、現行のものと照合しやすい。

以下は地図上に表記されているもので、実状とは違ったのかもしれないが、気がついたことを幾つか忘れないように記しておく。

・甲武信ヶ岳と十文字峠を結ぶ尾根道はまだない。

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・国師ヶ岳北面の梓川沿いの道は、頂上までは繋がっていない。

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・国師ヶ岳と甲武信のあいだの主脈には道はないが、前述の梓山方面からの道が分岐して唐松久保沢に沿って両門の頭から少し東梓よりの鞍部まで続いている。恐らく下記写真の分岐から「林道」と書いてある左のほうへ進む道と思われる。ここもいずれ歩いてみたい。

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入手した地図は、縁が綺麗に折られ、蛇腹に丁寧に折畳んであった。書き込みはあるが、とても大事に使われていたことが伺える。大切にしたいと思う。
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by mobydick67 | 2011-03-21 13:26 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(0)

奥秩父を調べる――飯野頼治

秩父往還いまむかし (さきたま双書)
 
どちらかというと山よりは麓の話が多いが、栃本の話、秩父の峠道が絹の道=シルクロードだったことなど興味深い。


山村と峠道―山ぐに・秩父を巡る (シリーズ山と民俗 (13))

奥秩父の秩父寄りの廃道を歩くとき、最も参考になる本。ただし、奥秩父に関する記述は最初の3章、90ページほど。

多摩への峠道――仙元峠、酉谷峠
甲州への峠道――将監峠、雁坂峠、雁峠
信州への峠道――十文字峠、三国峠

このうち雁坂峠の項で孫四郎峠にも触れられているので引用しておく。

孫四郎峠
 
 地蔵岩より分岐にもどり、100メートル程行くと右に、孫四郎峠を経て雁坂峠にいく旧道が分かれている。ただしこの旧道は、完全に廃道になってしまい、現在たどることは困難である。荒川小屋へも下ることが出来た孫四郎峠には、次のような話が伝えられている。
 「昔、栃本部落に孫四郎という人がいた。彼は、旅人の荷物を雁坂峠の頂上まで運び、その駄賃で生計をたてていた。
 しかし雁坂峠までは長くて険しい山道である。そこで彼は、途中にある荒川小屋への分岐点まで来ると、背負っていた客の荷物をおろし、お客さん、ここが雁坂峠だよ。といつわって駄賃をもらうと、さっさと栃本へ引き返してしまった。
 いつしか村人たちはこの地点を孫四郎峠と呼ぶようになった。」
 なお、孫四郎は甲州武田氏の家臣で、後に栃本に移り住んだ人物だったともいう。



今年は、この孫四郎峠と雁坂嶺の間を歩いてみたい。2113mの妙に広いところも気になる。

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実は、明日から奥秩父を2泊3日で縦走する予定を組んでいたが延期にした。別に何かに遠慮して自粛したわけではない。山を歩きたいが、何か気持ちがざわざわして落ち着かないし、こんな時に家を空けてしまうのも不安だからだ。もう少し世の中が落ち着いてきたら歩きに行こうと思う。山は逃げない。

今日、頼んでおいた奥秩父関係の古雑誌や古地図が幾つか届いたので、この週末は酒でも飲みながら机上で地図や山行記上の今はなき道を辿ってみる。

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by mobydick67 | 2011-03-19 22:31 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(4)

奥秩父を憶ふ

「秩父を憶ふ」

 緑の色濃い葉陰に白雲低迷する幽林、今出たばかりの流れが落葉や苔むす岩を走りつつ、やがては青葉の谷を脚下にとよもす瀑布の響き、樹間奥深いかなたに叫ぶ怪鳥の聲、ときどき幽林がまばらになつて、思はぬ全面に屹立する峯頭、ぶくぶくする苔深い樹間を草鞋もて軽くふむ気持ち、秩父を思う時、かうした印象が爽やかな涼風と共にあたりに浮かんでくる。
 多摩川の上流、奥多摩の一峯に立って、遥かに秩父の山を仰ぐ時、また、これ等の山々の中腹に黒々と茂つている幽林の底を、甘い蜜のように浸している滴りを集め集めて遙々の旅をして来たこの流れの溪谷に俯して見る時、秩父の山々、秩父の溪谷が潤いある色彩をもつてこの流れの瀑布を作り、白雲をただよはせている光景を思い起こす。
 秩父と甲斐との國境を形作る山脈から流れ出づる多摩川の本流、大菩薩峠から始まる多摩川の支流小菅川、これ等は私の過去たびたび秩父の旅の大きな動因となったものである。これ等は今や奥秩父の雲深い彼方に、溪谷の緑濃い彼方に、如何なる鼓動を以つて湧きつつあるだらうか。如何なる豊かな色彩をもつ花をその岸に咲かせつつあるだらうか。


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「峠と高原」 田部重治 (昭和25年 角川文庫)より

昭和5年、今から80年ほど前に書かれた文章だが何も変わっていない。


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by mobydick67 | 2011-03-10 23:02 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(0)

奥秩父を調べる――「秩父学入門」

秩父学入門―わが愛する風土へ (さきたま双書) 清水武甲監修

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以下引用

”昭和初期には、栃本部落を出て、川又部落から軌道を行くと、やがて右手に良い橇道があった。軌道よりもむしろこの橇道のほうが良く、それを行くと赤沢谷のやや上流に出て、柳小屋へ行けたし、赤沢谷の出会い(合流点)から橇道を登り柳小屋へいくのもあった。そのほか白泰山頂までは近道の橇道があり、それを通ると本道の一里観音や二里観音の前を通らず早く白泰山頂へ出られた。
 橇道とは天然林を伐採した木材を、木馬(きんま)と称する橇で運ぶ道で、年中使っているので広くて歩きよく伐木を最短距離で運ぶように造られているので、旧来の登山路より近道になっていた。そのために、私達は橇道があればなるべく橇道を歩くようにした。このように、昭和初期の白泰山の南斜面には多くの便利な橇道があって、奥秩父登山にはとても都合がよかった”

以上「戦前の秩父の集落」 村本達郎 より


これを見ると現在の入川から柳小屋まで登山道がここでいうところの「橇道」のようだが、かつては赤沢谷から柳小屋まで別の道があったようだ。赤沢谷の出会いから少し行ったところにある「山道」という道標から先も沢沿いに白泰山まで今年は歩いてみたい。

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この他にも関東木材合資会社(通称マルキョウ、歌人の前田夕暮が社長)の進出によって戦前に入川に大集落ができたこと、またそこからさらに奥地で働く林業従事者の子供たちの通学が大変だったため、上中尾の分教場に異例の児童寄宿舎が作られたこと(このことは小林茂さんの著作にも当時国内初の寄宿舎併設の公立小学校として話題になったということが書かれている)なども書かれていて、いろいろ参考になり、頭のなかで幾つか情報が繋がった。この上中尾の分教場の跡地がいまの光の村養護学校なのかな?

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by mobydick67 | 2011-03-07 22:43 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(2)