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久しぶりに山を歩いてきた。


2011年11月30日

奥秩父。いつもの場所。

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いつもの人と、いつものようにたっぷり呑んだ。7ヶ月間、お疲れさま。




2011年12月1日

閉めた小屋を後に二人で小雨に煙る縦走路を東へ。

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前から一度歩いてみたいと思っていた尾根、孫四郎尾根。

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斜度はない。藪もたいしたことはない。倒木はあるが、うんざりするほどではない。ただ、地図とコンパスを頼りに暗い針葉樹林の緩い尾根を外さないように歩く。

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一度は泊ってみたかった場所。予想以上に広い。まだ昼をまわったばかりだけど、雨は雪にかわりつつあるし、やはりここでテントを張ることにした。

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思ったほど気温は下がらず、湿った雪であまり積もらない。早くから飲み始めたので、宵の口には酒がなくなってしまった。



2011年12月2日

暗いうちに起きて、湯を沸かし、茶を淹れて、カッペリーニのスープスパで朝食。食後にコーヒと一服。小雪のなかテントを畳み、荷造りが終わった頃には少し空が明るくなってきた。

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広い台地の終わりからまた尾根を下り始めるが、針葉樹の幼木にシャクナゲが混じりはじめて少しづつ藪が濃くなり、斜度も増し、歩き難くなってくる。

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下ってきた尾根を振り返る。

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地図によると尾根の右、東側は土崖、左の西側は岩崖なので、なるべく尾根を外さないように藪を泳ぐように進む。尾根を忠実に辿って小ピークを2つほど越え、3つめを超えようとしたが、あまりに藪が濃くて尾根を辿るのを断念。右側に巻くと右手下方に登山道が見えた。ここで尾根から離れて登山道に出るとすぐ先に地蔵岩展望台への道標。ここからは薄っすらと雪が積もった登山道を緩やかに下る。

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川又のバス停まで出たが、次のバスまでかなり時間があって、寒くてとても待っていられそうにないのでそのまま秩父湖まで歩くことに。が、バスの経路が変わったことを確認していなかったため、さらに大滝温泉まで歩くことに。車道歩きにうんざりしてきた頃、やっとたどりついた温泉に逃げこむように立ち寄って体を温めた。氷雨のなかを凍えながら歩いているときにはビールのことなど念頭になかったのに、風呂からあがるとやはりとりあえず生ビール。そして熱燗。湯と酒で体をほぐしてから、宵祭りの秩父へと向かう。
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by mobydick67 | 2011-12-05 21:15 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(2)

奥秩父のこと、あれやこれや・・・

随分山を歩いていないけど、別に山の事を忘れたわけではなく、離れているからこそ余計に思慕が強くなる今日此頃・・・いくつか奥秩父のことを備忘録として記しておく。

まずは私事になるけど、このブログの記事訂正から。昨年、奥秩父の岩屋林道という廃道を歩いたときに岩小屋だと思っていたところが実はそうではなかったという話。
このあたりを頻繁に探索されているhachiさんが、11月上旬にこのあたりを歩かれて真の岩小屋を見つけています。詳細はhachiさんのヤマレコ山行記を参照してください。もう一度歩いてみたいとは思っていたけど、これを読ませてもらってさらにその思いが強くなった。次に歩くときは是非この岩小屋を見つけて泊まってみたいなあ。


次は本の話。
ヤマケイ文庫から奥秩父関係の本が2冊出版された。

覆刻 山と溪谷 1・2・3 撰集 (ヤマケイ文庫)

山と溪谷 田部重治選集 (ヤマケイ文庫)

前者には以前ここでも紹介した山と渓谷 三号 秩父特集が含まれる。80年前の秩父の山歩きを知ることができる大切な資料。田部重治による巻頭エッセイ、原全教による和名倉山山行記などが読める。個人的には三号にも幾つか文を寄せている菅沼達太郎という人が最近気になっている。この人は日本における自転車ツーリングのパイオニア菅沼達太郎と同一人物なのか?
後者は1919年の初版(初版時の書名は『日本アルプスと秩父巡礼』)出版以来何度も再編、再版を重ねている田部重治の古典的名著。ただし、奥秩父に関する文章に限っていえば、わが山旅五十年 (平凡社ライブラリー)のほうが充実している。絶版のようだが古書なら割と簡単に手に入る。山に行く時にポケットにしのばせておくなら新編 山と渓谷 (岩波文庫)のほうが薄くて都合いいし・・・でも、社名の由来でもあることだし、絶版にすることなく版を重ねて欲しいと思います。


最後は地図の話。
山と渓谷、岳人共に2011年11月号は地図読みに関する特集。全体としては「山を読む」という特集名をつけた岳人のほうが読み応えはあったが、地図、特に電子地図の現在、そして未来について書かれた山渓の記事も面白かった。どうも国土地理院で公開している電子地図が変わりつつあるようなので馴染みのある奥秩父で机上検証してみた。正確には現行の新しいほうは電子国土基盤地図、古い方は電子国土基本図版というらしいが紛らわしいので、ここでは新、旧電子地図ということにする。

まずは送電線が表記されなくなったという事について。
以下は昨年秋に歩いた奥秩父金峰山南面の八幡尾根近辺の新旧電子地図。


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実はその時の記事にも書いたけど、チョキから尾根を外れて近くの林道にトラバースした際、いつものことだが読図、進路決めが甘くて違う林道に出てしまい林道を右往左往していたとき結局送電線が現在地特定に役立った(そのときはこの古いほうの地図を1/25000相当にA3出力したものを持参していた)。実は奥秩父で送電線が現在地特定に役立ったのはこのときだけだが、以前はよく歩いた谷川連峰など上越国境あたりでは送電線が現在地特定や山岳同定の役にたった経験が何度かある。山渓には送電線が地図から割愛されることになった理由が記されていたが、本当にそれが理由ならこうして送電線が記載された旧電子地図もいつの日か閲覧不可になるのだろうか?納得いかない。




次は地図から消えたり、新たに記載された道について。

まずすぐに気づいたのは先程も触れた岩屋林道。これが新版では消えた。


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実際歩いても登山道どころか、獣道以下というのが現状なのでいたしかたないか。でも、そもそもここに興味を持ったのはまさにこの電子地図に記されていたことが発端だったので少し残念、そして寂しい。
ちなみに真ノ沢林道も同様に新版では消えてます。



そして西沢渓谷から尾根伝いに甲武信につながる徳ちゃん新道が新版ではやっと記載された。これでこれまでのようにプリントアウトしたものに手描きで描き足す必要がなくなった。


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次は些末なことだけど、甲武信小屋近辺の巻き道。甲武信小屋の前を北に奥の旧便所(現連れ込みバー、ではなくて蓄変電機、薪置き場)のほうに歩いていき太陽発電パネルを超えたあたりに鹿柵とそれを通り抜けるドアがある。このドアを通ってそのまま歩くと頂上を通ることなく甲武信ヶ岳と十文字峠をつなぐ道に出ることができる。


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この甲武信ヶ岳近辺2つの道は、両方とも、当たり前だが、山と高原地図にはずっと前から記載されてきた。この度、晴れてお上から道として認めてもらえたということでしょうか?



でもこうして地図みたり、本読んだりしても満たされないので・・・

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来週あたり一度歩いてこようと思います。
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by mobydick67 | 2011-11-27 12:10 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(4)

奥秩父を舞台にした山小屋小説 「春を背負って」

春を背負って 笹本稜平

甲武信ヶ岳と国師ヶ岳の縦走路のほぼ中間地点にあるという山小屋を舞台に、父の急死でその小屋を継ぐことになった一人の若者の視点から、その山小屋で起こる様々な事件や出来事を綴った短編連作小説。もちろんそんな小屋は実在しないが、小説中の記述からその場所をある程度特定できそうなので地図を見ながら考えてみた。

梓小屋と名づけられたその小屋は、甲武信ヶ岳と国師ヶ岳を結ぶ稜線のほぼ中間から長野側に少し下った沢の源頭にあった。梓川の谷の上部に位置することからつけられた名前らしい。
 近くには二二〇〇メートル台の眺望に恵まれないピークがあるだけで、・・・・・・

国師のタルは梓小屋から二キロほどのところにある主脈上の鞍部で・・・・普通なら片道二時間はかかる。



とあるので、おおよそ東梓と両門の頭の間の尾根の北側、下の地図、鳥瞰図の上赤丸近辺の場所と思われる。

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ここならば唐松久保沢沿いに続く林道(廃道)から途中沢を渡渉して南に尾根伝いに登ることもできるし、山梨側も塩山尾根が主脈にぶつかるところに近いので山梨側に道がつけやすい。小説にあるように山梨、長野の両側に通じる登山道を結ぶポイントとしては絶好の場所かもしれない。そもそも山小屋は、甲武信小屋や雁坂小屋もそうであるように縦走路上でかつそこに取り付くための登山道が何本か交差する場所(あるいはその近辺)にあると営業する側も利用する登山者も都合がいい。でも、もしここに小屋ができてしまうと大弛小屋、この梓小屋、甲武信小屋、雁坂小屋とそんな小屋が縦走路上に続くことになりせっかくの奥秩父の奥深かさが損なわれてしまうような気もするが・・・

小説は春の小屋開けから始まって、小屋閉めを経て次の小屋開けに備えて荷揚げするところまでのほぼ一年を6話の短編をつなぐ構成になっているが、肝心のお話のほうは、ご都合主義的だし、ステレオタイプな人物しか登場しないので退屈極まりない。でもそういうこととは別に奥秩父、特に国師、甲武信近辺の地名や登山道がマイナーなものも含めて頻出するので読んでいてなかなか楽しい。特に、第5話の「擬似好天」という一編は、3月後半の小屋が閉まっている時期に、雁坂から甲武信、この梓小屋を経て川上村に下山する予定の3人パーティが二つ玉低気圧による悪天候で甲武信小屋の冬季開放小屋で停滞を強いられる話で、少しつっこみどころもあって(冬のトイレや雪崩、救助隊のとるルートなど)おもしろい。奥秩父が好きな人には楽しめる一冊・・・かな?
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by mobydick67 | 2011-08-17 00:31 | | Comments(2)

小林茂の秩父三部作 未完の完結編


秩父 山の民俗考古

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分厚い読み応えのある小林茂の遺作。特に圧巻なのは第二部。秩父の民具についての哲学的考察である『「木の股」民具考』、父小林據英の奇石コレクションを起点に様々な事象に思いを馳せる『「自然の取り入れ」についての一考察』、師にあたる直良信夫(明石原人の頭骨の発見者。現在ではそれは原人ではなく新人のものとの見方が有力。秩父多摩丹沢 (1972年)という関東地方の山旅を綴った回顧録がある)の業績と交流を回想しつつ人間と狼の関わりの考古民俗学的に考察していく『人類史とオオカミ、狼習俗と信仰についての断章』。このように私的な事柄を起点に語られた第二部は民俗学術書としては奇異な印象も受けるが、こういう卑近なところから民俗学的想念を広げていく趣向が他に類を見ない力強さを生み出していることは間違いない。ただ資料を収集してまとめただけの本にありがちな、どこの誰が書いたかわからないような薄っぺらさはここには皆無。


掲載されている図版も相変わらず素晴らしい。

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出版準備中に急逝されたせいか、この本の第四部は取材ノートがそのまま掲載されていて、第三部との重複も多く、前作秩父 山の生活文化のような完成度はないが、逆にその未完成さ故に彼の考えていたことの壮大さが浮かびあがってくる執念の一冊。
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by mobydick67 | 2011-06-14 19:14 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(2)

奥秩父登山案内略図

秩父の旅 第二年第四号 奥秩父登山地図号 昭和四年六月発行

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西沢から青笹尾根経由で破風山へ突き上げる登山道あり。これが旧破風歩道の甲州側の道かな。現在も頂上の近くまで林道が伸びている。3年前の笹平の破風避難小屋改修の際にはこの道を使って作業員が毎日上がってきたと徳さんから聞いた。

また先日の、その徳さんの環境大臣賞受賞記念祝賀会の際にもその来歴について話があったが、甲武信小屋が建てられたのは昭和5年。



奥秩父登山案内地図  昭和七年五月訂正

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真の沢―甲武信岳コースタイム
栃本―柳小屋     六時間
柳小屋―甲武信岳   五時間
甲武信岳―梓山    四時間

先述した甲武信小屋だが、位置は「甲武信岳北方へ十分下りし所」とある。三宝山方面への国境稜線の鞍部にあったようだ。現在の小屋は頂上の南東に位置する。




いずれの地図も秩父鉄道発行。おそらく鉄道の乗客向けに無料で配られた、観光リーフレットのようなものだったのだろう。昭和5年に羽生、三峰間の秩父鉄道が全線開通しているので、この時期から奥秩父を訪れるハイカーも急増したのだろう。
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by mobydick67 | 2011-05-29 00:34 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(0)

BAROCCO いびつな美しさ

湯沢英治の前作BONES ― 動物の骨格と機能美は、骨の「機能美」の表現ということでは、骨から見る生物の進化に敵わないが、このBAROCCO―Beauty of Bones 骨の造形美では、「機能美」から「造形美」へとテーマを変えたことでより抽象性の高い美しい写真集になっている。もはやこれらの写真では、骨は骨でなく一個の美しいオブジェとなっている。

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先日、唐松久保沢沿いを歩いているとき、沢の源頭部付近に鹿と思われる獣の骨がいくつか落ちていた。残念ながら頭骨は残っていなかったが、大腿骨?が片方だけ残っていたので持ち帰ってきた。

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だめだ。どこからどう撮っても、野良犬が咥えてそうなただの大腿骨にしか見えない・・・・
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by mobydick67 | 2011-05-10 22:23 | | Comments(6)

畦地梅太郎と奥秩父

畦地梅太郎は奥秩父、そして山について次のように書いている。


山に考える

 わたしは、山へはいるまでは、まったく、おっくうな気持ちなんだが、いざ山へはいってしまうと、やっぱりきてよかったなと、いつまでも思うのだが、このごろのように、山がひとつの流行になってしまって、街でも、会社の机の周囲でも、どこそこの山へ行ったと、話しあうことが、お互いの自慢のようになってみると、わたしはつとめて、山へいくことをさける気持ちになってしまう。
 乗り物でも、山小屋でも、山を歩いてさえも、知ったかぶって、そして変に気取った人達が多い。それでなければ、おれは山を歩いて、自分をより人間的なものにたかめたんだと、いわんばかりに、おさまりかえっている人にも逢う。いやなものだ。

・・・・・・・・・・・・・

 わたしは、山は三〇〇〇メートルの雪線上もいいし低山もいいしどこでもいいのだが、たった一人で歩く原始林のなかなど、ことにすきである。
 もしろん、別の山にもいくらでもあることだろうが、秩父の原始林を一人であるくのはことにいいと思っている。

・・・・・・・・・・・・・

 秩父の山も、森林ばかりの山とはかぎらない。森林のない稜線を歩く場合もあるが、しかし、広大な森林帯の地勢の山だから、すぐ近くに、森林があるし、全体大森林におおわれた和名倉山が、いつでも目の前にあって、わたしの気持ちをよろこばしてくれる。
 こんなえらそうなことを書いても、秩父の山をそんなに知っているというのではない。ほとんどのところを知らないといった方が、たしかなことかもしれん。
 秩父の森林といえば、なんといっても十文字峠あたりだそうである。峠の平地がものすごい森林だ。森林といっても自然の生存競争とでもいおうか、ほとんどの雑木は姿を消してしまっている。日のめを見せぬ地表の下草はシダの類が多く、まったっくすがすがしいものがある。

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 秩父の山は、ものすごい森林のなかを歩くのに、少々飲み水に不自由するのじゃなかろうか。十文字峠越にしても、見下す深い森林の溪谷から、とうとうと水の流れる音をききながら、水にかつえて歩くなどなさけなくなるとういうものだ。これだけが欠点かもしれん。
 こんなに登山が盛んになったこんな日でも、秩父の山を歩く人は、大体に地味な人が多いようだ。山の人気は北アルプスや、谷川岳が、いまもなお独占している形だ。
 登山というものには、岩もあれば、雪もある。氷もある。もちろん森林もある。どれをやっても登山なんだ。そこに技術の差はあっても、山男の山に向かう精神の差があってはなるまいと思う。
 山男というものは、論理一点張りで山に向かうことだけでなく、いますこし、山に住む、動物的な、原始の感情と、感覚で、山に向かうということも考えてみたいものだ。



畦地梅太郎 山の出べそより



読むたびに身が引き締まる思いがする。初心に戻って、このような謙虚な気持ちで山を歩きたい。




でも、難しいなあ。
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by mobydick67 | 2011-05-09 19:39 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(2)

奥秩父 さらに奥へ 2011/GW 3

2011年5月1日 

4:30 早出するテント泊の人たちが起き始めた音で目が覚めた。湯を沸かしてお茶。スープパスタ。練乳コーヒー。外に出てゆっくりテントを片付けているあいだに陽が登って空が明るくなる。

少し上には今回初幕営のテントガール?

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この日は息子と二人主脈縦走路を東に進み、破風山、雁坂嶺経由で孫四郎尾根まで歩き尾根上で幕営の予定。ゆっくり9時くらいに出発すれば十分着けるはずだった・・・・

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客が出発して閑散とした小屋の中で、薪ストーブで持参したカレーポップコーンを作って食べていたらどこからか缶ビールが出てきた・・・・

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息子は腹が減ったといって焼きそばをつくり始めて・・・・そのうち今日はもう歩きたくないとか言い始める始末・・・・目の前でワインを旨そうに飲んでいる不届き者もいるし・・・・


ということで・・・・もう一日停滞。


息子には罰として朝撤収したばかりのGOLITE VALHALLA2+を一人で再度設営してもらう。もうこれくらいなら任せることができる。あとは荷物をたっぷり担いでくれて、幕営地に着いたら黙っていても気の利いた酒の肴と温かい食事が出てくるようになれば云うことないのだが・・・・

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この日はちびちび酒を飲みながら、一日まったりと。

ゴミではありません。小屋のなかで越冬したというナントカと言う名の蝶。いつまでたっても誰も名前を覚えてくれない不憫な居候。

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夜は夜でまた遅くまで・・・・


2011年5月1日

4:00 起床。

今回もまたお世話になりました。

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お客さんが全員出発したあとでゆっくり出発。帰路はイジルとそのお友達H(♀)さんと。

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分岐でこれから登る知り合いのI夫妻に出会い、そのあと徳ちゃん新道経由で下山。

11:40 西沢溪谷。無事下山。



この後・・・


道の駅三富まで歩きながらジン・・・・

バスに乗ってはやぶさ温泉で生ビール・・・・

バスに乗って山梨市駅前の居酒屋歩成で焼酎で馬刺し・・・・

中央線でワイン・・・・



様々な難所を乗り越え、麓で遭難することなく無事帰宅。予定の半分しか歩けなかったけど、酒は倍呑みました。
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by mobydick67 | 2011-05-06 18:56 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(9)

奥秩父 さらに奥へ 2011/GW 2

2011年4月29日

14:30 唐松久保沢を離れて斜面にとりつき、南東に進路をとって主脈縦走路を目指す。

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足元は息子はエキスパートオブジャパンのアルミワカン、イジルはシンコーのプラワカン、私はBDの12本爪アイゼン。スノーバスケット付きダブルストックを手に臨む。ちなみにこの他に6mmのロープを20m、長めのスリング2本と安全環付きカラビナを持参したが結局沢でも藪でも使用しなかった。日当たりのよくない北面斜面なのでこんな低地でも表面は軽くクラストしているが中はグズグズの腐れ雪。それぞれの自重、荷重、装備、脚力、歩行センス、そして運によって踏み抜いたり踏み抜かなかったり。ここは一番自重+荷重の軽い息子に先頭を歩いてもらう。最初はかなり踏み抜いたが少し高度を上げると踏み抜く確立は半分以下に下がる。それでも急な樹林帯の斜面で踏み抜けば腰まで雪に埋まる。四苦八苦。

15:50 主脈縦走路に辿り着く。

登ってきた藪。

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ここまでのルートはこんな感じか。ほぼ予定どおり。もう少し沢をつめれば少し等高線の疎らな斜面を登れたかもしれない。

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で、予想通り・・・残念なことに、というか光栄にもというべきか、縦走路には前にも後ろにも踏み跡なし。

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途中から割り込む形だが、2011年ゴールデンウィークの国師ヶ岳ー甲武信ヶ岳間縦走路一番乗り。もしかしたら3月末に息子と歩いて以降誰も歩いてないのかもしれない。縦走路上で幕営もありだけど、せっかくここまで来たんだから、日没までに甲武信小屋に着くようスピードを上げて歩く。

16:20 富士見。このあたりから雪が深くなり、ほぼずっと膝上のツボ足。ときどき踏み抜くと腰上。やっぱりワカンが欲しい。

近いようで遠い・・・

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17:40 千曲川源流方面との分岐。ここからはしっかりと踏み跡がある。

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18:00 甲武信ヶ岳頂上。来た道を振り返る。

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18:10 甲武信小屋着。予定より遅くなってしまった。テン場はかなり混んでいて良い場所がなく、テラス下の斜面を整地して急いでテントを張る。

テラスでマルタイラーメンで夕食。爪ちゃんからのミルク鍋のお裾分けが冷えた体に沁みいる。目刺しやチーズを肴に、先日いただいたSIGG+甲武信小屋ダブルネームのアルミボトルに入れて持参したボンベイサファイアで心と体を温める。



このあと最終目的地でワインとか泡盛で遅くまで・・・・


残雪歩きはなかなか堪えたけど、なかなかいい山歩きだった。

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by mobydick67 | 2011-05-05 15:56 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(6)

奥秩父 さらに奥へ 2011/GW 1

今年のゴールデンウイークも奥秩父の奥深いところを歩いてきた。

2011年4月29日

早起きして電車を乗り継ぎ小淵沢へ。一本早い電車でくればここで早いお昼をゆっくり食べることができる。ひょいと食前酒にワインも・・・・

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中央線ホームの駅そばはまだ準備中だったので、改札を出たところの立ち食いで。天玉蕎麦。

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いつも連休中は観光客で混み合う小海線も今年はそれほどではない。信濃川上駅からは予約しておいたタクシー(川上タクシー)で町田市自然休暇村まで。去年と同じ運転手さんだった。料金は6000円。


11:20 出発。今年も去年と同じメンバー、息子、イジルと梓久保林道を行く。

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一つ目の作業小屋あたりで空は晴れているのに小雪が舞い始めた。

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12:20 歩き始めて一時間ほどで分岐に到着。ここを右にいけば岩屋林道(廃道)。今年は左の唐松久保沢の道を行く。

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沢には幾つか堰堤がある。

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1kmほど歩くと林道は消え、沢の右岸沿いの踏み跡を進む。テープがつけられ、ところどころに古い治山工事の後が残る。沢床に降りて歩くところもあり、ガレを嫌って左岸に渡渉するところもあるが水量が少ないので問題ない。

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さらに進むと下の写真の手前でテープは左岸から沢を離れるようにつけられていた。両門の頭かそれより少し国師ヶ岳寄りの縦走路に繋がっているのかもしれないが、もうこのあたりは尾根の北面で日陰なため、沢左岸は雪がたっぷり。たとえ踏み跡があっても深い雪の下。もう少し雪のない沢沿いをつめて高度を上げたいのでそのまま沢を詰める。

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沢の水量も減ってきて、左岸の雪も増えてくる。沢の源頭方面には天竺尾根がのぞく。

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時計の高度計で2080m。もうあまり沢沿いを歩いているメリットもなくなってきたので、左岸に渡って進路を南東にとり、沢から離れ急な斜面に取り付いた。14:30。
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by mobydick67 | 2011-05-03 11:59 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(4)