<   2008年 12月 ( 11 )   > この月の画像一覧

今日の1枚

ちょっと前にテレビで、クロスロード・フェスで、ジェフ・ベックのバックでベースを弾いているTal Wilkenfeldを見て、カッコ良かったのでリードアルバムTransformationを購入したが、演奏はともかく曲がイマイチ。
昨日中古盤でそのとき演奏していた「哀しみの恋人達」が収録されているジェフ・ベックのブロウ・バイ・ブロウを購入。こっちはカッコヨカッタ。
[PR]
by mobydick67 | 2008-12-28 17:31 | ロックンロール | Comments(0)

冬休みの宿題


秩父で検索かけて面白そうなのや古典?を図書館で借りてきた。
f0194599_91561.jpg

休み中に全部読めるかな?
[PR]
by mobydick67 | 2008-12-28 09:02 | | Comments(0)

ひさしぶりにサッカー

昨日は午前中はジュニアサッカーの練習に参加。裏街道の練習をしているときにサントスの得意技ね!と子供たちにいったが、みんなキョトンとしている。浦和の、代表の三都主アレサンドロ、と付け足すと、ああ、そんな人いたねというような感じだった。うーん選手の流行、廃りが早いんだな…。
午後は息子の中学校チーム(部活)の参加する都知事区長杯大会を観戦に多摩川にいく。好天。チームは準々決勝に勝ち、今日の準決勝に駒を進めた。
息子はベンチで試合には出なかった。
f0194599_853356.jpg

小学校時代から知っている子供たちの雄姿を見て幸せな気分なった。月並みだがみんな大きくなったな…
[PR]
by mobydick67 | 2008-12-28 08:58 | football | Comments(0)

長沢背稜 3

3日目(12月22日)
昨日のワインのせいか少し寝坊して起床、朝食後撤収して7:30出発。今日はサオウラ峠経由で丹波に下山。天気は曇り。サオウラ峠までの道は前半は杉の植林帯だが峠に近づくにつれ落葉樹林帯となる気持のよい道。これまで春、秋とここを通ったことがあったが、初冬は初めて。冬枯れの景色もなかなか。途中看板を咥える木を見つける。葉の茂る時期なら見逃していただろう。
f0194599_16121975.jpg

サオウラ峠からは葛折りに急な尾根をひたすら降下していくが、道がザレて細くなっているところもあり雨の日などはいやなところ。今日は地面は乾いていたが、そのかわり昨夜の強風で落ち葉が各所に堆く溜まり、それを蹴散らしながら降りていくが、結構滑ってこけて尻餅を何度かついた。
f0194599_16124450.jpg

10:00丹波に無事下山、のめこいの湯で垢をおとしてバスで奥多摩まで戻って電車で帰宅。
[PR]
by mobydick67 | 2008-12-24 16:13 | 山歩き | Comments(0)

長沢背稜 2

2日目(12月21日)

朝飯、撤収を済ませ7時に出発。雪は15~20cmほどで締まっていて歩き易い。天気もよく雪も乾燥しているため私はスパッツを着けないで歩いたがまったく問題ない。
f0194599_15383233.jpg

芋の木ドッケの手前の急な登りの部分は以前より登りやすくなったように思えたが気のせいだろうか。芋の木ドッケで三峰側の道からトレースがあり、ここから雲取まではよく踏まれていた。
雲取山荘前のベンチで早い昼食、ちからラーメンを食べる。水は昨日沢で汲んだものをここまで運んだが、山荘近くには結構雪があったので必要なかったかもしれない。ここの水場は確か冬は使用不可だったはず。飯を食べながら今日の目的地を息子と相談。

1.奥多摩小屋前で幕営
2.もう少し先、石尾根のどこか鞍部で幕営(冬至でもあるし時間的に鷹ノ巣非難小屋まではいけそうにない)
3.三条の湯で幕営

1.は見晴らしのよいテン場で水場もあり魅力的だが到着が昼過ぎになってしまい時間をもてあましてしまう。2.は水を奥多摩小屋から運ばなくてはならない。冬用の装備で結構荷が重くまた1日分の水を運ぶのはちょっとつらい。3.はいつものワンパターンだが、ビールと温泉がタッグを組んで手をこまねいていてとてもその魅力に抗えそうもない。
ということでいろいろ自分に言い訳しながら三条の湯に目的地を定め、余っていた水も行動分のみ残して捨て、いざ出発。雲取頂上は快晴で見晴らしがよく富士、秩父西部の山がよく見えたが温泉に惹かれてすぐに出発。
f0194599_1620615.jpg

水無尾根を駆け下りて、14:30三条の湯着。テン場は他に誰もおらず、小屋のほうも泊まりは一人だけと聞いた。
テントを設営して風呂とビール、残ったワインボトル半分ほど、晩御飯。夕方くらいから風が強く谷間の幕営地にも結構風が吹く。ラジオを聴くと関東地方には強風波浪注意報。尾根の上にある奥多摩小屋前のテン場だと結構強い風が吹いているだろうと想像しながら眠りに就く。ちなみに今回プラティパスに入れて持参したワインはチリ産でアコンカグワ・ヴァレーで造られたもの。奥多摩の三条沢の谷間でこれを飲み干した。

f0194599_15403881.jpg


f0194599_1547193.jpg

[PR]
by mobydick67 | 2008-12-24 15:47 | 山歩き | Comments(0)

長沢背稜 1

12月20,21、22日と息子と奥多摩を歩いてきました。久しぶりの長沢背稜。

1日目(12月20日)

奥多摩駅8:35発のバスでから中日原へ。土曜だが冬なのでバスはあまり混んでいない。バスのなかで周りの人の持ち物を見てみると、OSPREYのザックやBLACK DIAMONDのポールを持っている人が割と多い。両方とも私も使用しているが、数年前ならザックはグレゴリーかミレー、ポールはレキが大多数を占めていたような気がする。世の中変わりましたね。ロストアローさん、健闘してますね。
東日原で降りたほとんどの人は稲村岩経由で鷹ノ巣に登ったようです。鍾乳洞方面に向かったのは私たち以外に2,3名のみ。タワ尾根の登り口を確認して(いつか登ってみよう)、小川谷林道をずんずん歩く。山側には落石防護ネットが張り巡らされ、以前より少し景観悪くなりました。林道終点から登山道にはいるが、ここから三叉までのあいだの斜面をトラバースする道も、以前はザレて道が無くなっているところが数箇所あったがきれいに整備され危険な箇所はなくなっていた。最近皇太子が雲取山からの下山路にここを使ったといううわさを聞いたがそのせいか。
三叉でおにぎりを食べてこんどは沢沿いに高度を上げていく、途中沢が枯れるあたりで念の為水を汲んでおく。12:00頃酉谷非難小屋に通過。小屋は基礎部分の土砂が崩落しているため使用禁止。小屋前の水場は枯れてなかった。いったん縦走路である水源林道を横切ってそこから10分ほど登ると酉谷山頂上。このあたりから雪が出てくる。頂上付近で15cmくらい。
f0194599_13543133.jpg

今日はこの酉谷山から長沢山までのあいだのどこかよいところでテン泊予定。ちなみに酉谷山頂上から翌日の芋の木ドッケまでのあいだ雪上にトレースはなく獣の足跡があちこち錯綜していて紛らわしいが、地図をみながら尾根を外さないよう西に進む。滝谷の峰をあたりでタワ尾根との合流地点を後日のために確認し、さらに30分ほど進んで、ちょうど天祖山からの道と合流して長沢山に登り始めるあたりの尾根のタワで秩父側が広くなっているところを今夜の幕営地とする。今回はシェルターに春に買ったGOLITEのVALHALLA 2+を持参。一応4シーズン対応ということなので、寒冷気候下で試用してみようと持ってきたがあいにくこの日はあまり気温が下がらず、翌朝5:30に外で約-4℃、ベンチレーションを半開したテント内床近くでも0℃で「シングルウォールは寒い」というのを実感することはできなかった。ちなみに二箇所のベンチレーションを半開のままねたため、テント内の結露はほとんどなかった。ただ前室のSilLite部分はまったく含水していなかったが、それ以外の2面に使われているEPICは触ると若干湿っていた。
f0194599_14283081.jpg

[PR]
by mobydick67 | 2008-12-24 14:31 | 山歩き | Comments(0)

ひさびさの山泊

週末はテントかついで山にいきます。
f0194599_1838915.jpg

[PR]
by mobydick67 | 2008-12-18 18:38 | 山歩き | Comments(0)

サーマレストの剥離

先日、「子連れ登山(~7歳)」で、長年使ってきたサーマレストウルトラライトが剥離して使用不能になったことを書きましたが、もう少し詳しく書いておきます。
ことが起こったのは今年のGWの奥秩父縦走時のことです。瑞垣山荘から金峰山、甲武信ヶ岳を経て雁坂峠から川又へ下山予定の3泊4日の山行。初日は大日小屋前にテントを張り1泊。翌日は予想以上に雪が多かったため甲武信小屋までたどりつけず、ミズシあたりでテント泊。3日目は少しがんばって樺避難小屋までいきここで一泊。この3日目の夜に剥離は起こりました。無人の小屋に入って荷を広げ、マットに息を吹きこんで膨らましているとミリミリと変な音がします。気にせずそのまま膨らませましたが、栓を閉めたあとでよくみてみると、ちょうどマット真ん中よりちょっと上あたりの表生地が中のスポンジから剥離してみみずばれのようになっています。とりあえず使えないことはないようなのでそのままその上に座って飯を用意して食事を始めましたが、このあいだに件のみみずばれががだんだん大きくなってきました。しょうがないのでそのままそのみみずばれを押さえるようにして寝ましたが、夜の間もミリミリと音は続き、朝までにはちょうど湯たんぽぐらいの大きさに膨れ上がっていました。その日は幸い下山日なので、そのまま空気を抜いて帰宅後再度膨らませてみましたが、やはりこぶのように剥離した部分が膨れ上がり使えそうにありません。10年以上使ったので寿命とも思いましたが、それなりにシミなどがついて思い出も愛着もあるので修理に出そうと代理店のモチヅキのHPを見ると剥離の修理に関していくつかの条件が挙げてありました。それを見て初めて気がつきました、そうか、これは熱による剥離だと・・・(気がつくのが遅い!)。
山でときどき米から飯を炊きます。特に一泊目のテン場に水が豊富にあれば初日の夜は多めに米を炊いてその日の夕食と翌朝の朝食分(主におじや)とします。今回も大日小屋には流水の水場があるので米を炊きました。いつもの手順ですがMSRのウィスパーライトインターナショナルで加熱し炊き上がった米の入ったコッフェルを新聞紙4,5枚で包みこんでそれをさらに寝袋で巻いてマットの上において約10分ほど蒸らします。はっきりとは分かりませんがいつもこうやって蒸らすのですが、何しろ狭いテントの中なので時には寝袋と新聞紙で包んでいたコッフェルが新聞紙だけで包まれた状態でマットに触れていることもあったと思います。どうやらこれがこれがよくなかったようです。また米を炊くときだけでなく、アルファ米を湯で戻すときなども温かいのが食べたい春秋冬は同じように寝袋で包んでマットの上においていました。そもそもこのマット、以前山中で穴を開けてしまい(谷川連峰、大障子避難小屋で窓がなく暗いなかでマットを敷いたとき、すのこ状の床に釘が飛び出ていたため)携行していたフィールドリペアーキットを使ったことがあります。湯せんでホットボンドを溶かしてリペアーパッチを貼るという作業をするとちゃんと元通りに使えるようになりました。つまり100℃程度で溶けてしまう接着剤でインフレータブルマットが作られているということをまったく忘れていたのです。厳密に何度くらいまで大丈夫なのかは分かりませんが、熱いものは置かないにこしたことはないでしょう。
結局修理はあきらめ先述したgoliteのテント購入時にプロライト4レギュラーサイズを一緒にアメリカの通販で購入しました。やはり取説には熱いものを乗せるな!と明記されていました。今後は米を蒸らす時は要注意です。
[PR]
by mobydick67 | 2008-12-15 17:30 | 道具 | Comments(0)

今日の一冊

まとめて三冊。

ホラー映画の魅力―ファンダメンタル・ホラー宣言 (岩波アクティブ新書)
「映画の魔」は文字の間から狂気がにじみ出ていたが、こちらはあくまで理性的。その高橋洋との対談も収録されている。先日「ミラーズ」という新作サスペンスホラーを見たが、この本の影響で分析的な見方であれこれ頭の中で考えている間に映画は終ってしまった・・・

サバイバル!―人はズルなしで生きられるのか (ちくま新書) 
服部 文祥の待望の第二作。前作サバイバル登山家を更に実践的にした一冊。先鋭的マニフェストだった前著にくらべ少し丸く(?)なり共感する部分も多い。重要なキーワードは副題にもある「ズルをしない」。私は服部氏が提唱するサバイバル登山を実践する技術も知識も経験もないただのトレッカーだが、それでも私は私なりにズルをしないようにしたいと思う。とりあえず、公共の交通機関しか使わない。さらに極力新幹線などの特急券、急行券の必要な乗り物には乗らない。営業小屋には泊まらない。そこでビールなど酒類は買っても、食料は買わない。等々。なぜ酒は良くて、食べ物はよいのか理由説明しろといわれれば困ってしまう。避難小屋はよくて、営業小屋は駄目な理由もうまく説明できない。でもそこが「ズル」という言葉の懐の広さ。息子にも薦めるとあっというまに読んでしまった。

「応化クロニクル三部作」完結編であるにもかかわらず著者打海文三死去のため未完のまま出版された覇者と覇者 歓喜、慙愧、紙吹雪 私もあっというまに読み終わる。いったいこのあとどうなるの????終結したかにみえる内戦だが、すんなり終るとは思えない様々な兆候がそこここに・・・。たとえ完結していたとしても、終ったことが残念に思われただろうに、未完のまま終るなんて!

また、今日発売の岳人09年1月号で、山田哲哉さんの「奥秩父 山、谷、道、そして人」の連載が始まりましたね。これからが楽しみです。
[PR]
by mobydick67 | 2008-12-15 15:47 | | Comments(0)

子連れ登山(~小学校卒業)

息子が小学校に入った頃、前述のワンゲル部出身者が転職してしまい、もっぱらソロ登山ばかりになってしまう。いつもソロでは寂しいので、息子を相棒として鍛えるべく、テント山行に同行させるようになります。息子は山に登ることよりも山に泊まることのほうが楽しいようで(当たり前か・・)、小学校1,2年の頃は雲取山を中心に1,2泊のテント山行を繰り返しました。お祭りから三条の湯まで歩いて、ここでテント泊。もちろん温泉付き。翌日は雲取山に登り、帰路は鴨沢か石尾根。下山後日帰り温泉。石尾根の場合は鷹巣避難小屋でもう一泊。あるいはこのコースを逆にたどる。いずれの場合も下山後は日帰り温泉へ。この頃は温泉とテント泊をエサに誘えば、息子は喜んでついてきました。ただまだ息子は荷物がほとんど持てないため、1,2泊の低山山旅でも私のザックは出発時20Kg前後はあったと思います。これに鍛えられ、少しづつ息子が大きくなって荷が担げるようになり私の荷が減ってきたとき、その分食料や燃料を余分に担ぐことで3泊、4泊の山旅ができるようになりました。
小学校3年からは奥秩父に通うようになります。4年生の春にはゴールデンウィークに瑞垣山荘から金峰山、大弛、甲武信ヶ岳と縦走し、翌5年生のGWには甲武信から飛竜を経て雲取山まで縦走(いずれも2泊3日で)。その秋には瑞垣山荘から金峰山を経て雲取山までを4泊5日で縦走しました。(雲取山から石尾根を経て奥多摩駅まで歩けば奥秩父全縦走ということになるのかもしれませんが、雲取山で温泉の誘惑に負けてしまい、三条の湯のほうに降りてしまいました)。この4泊5日の山旅、奥秩父全縦走というのはともに私にとっても初めての試みでしたが、天候に恵まれたせいもあって大変充実した山旅として記憶に残っています。
小学校高学年になると体力もついてくるのである程度自分の荷物(シュラフ、食料)などが持てるようになり3、4泊程度の山旅が可能になってきます。主に奥秩父を2,3泊で縦走することが多いのですがそれ以外の山行も備忘録として挙げておきます。

・吾妻連峰縦走   2泊3日
4年生の秋に。浄土平から家形山、東大顛を経て滑川温泉へ下山
・白峰三山縦走   2泊3日
5年生の秋に。広河原から御池経由で北岳、間の岳、農鳥岳を経て大門沢小屋経由で奈良田へ下山
・谷川連峰全縦走  3泊4日
6年生の夏休みに。土合から笠が岳、清水峠、谷川岳(いわゆる馬蹄型縦走)を経て、そのまま万太郎、平標山を経て元橋に下山

また、このあたりまでは私がそれ以前にソロ、あるいは別の人と行ったことのあるコースを選んできましたが、そろそろネタ切れになってきました。上記でいえば谷川連峰全縦走の場合は、清水峠ー谷川岳間、谷川岳ー平標山間はそれぞれ以前に縦走したことがありましたが、土合から白毛門、笠が岳を経て清水峠に至る道は私もこのときが初めてでした。奥秩父にしても単独の頃は南の甲州側からの道をよく使ってきましたが、最近はそれまでほとんど使わなかった武州秩父側を下山路に使うようになりました。子供が小学校を卒業する頃にはほとんど手持ちの駒がない状態になってしまいました・・・
[PR]
by mobydick67 | 2008-12-15 14:47 | 山の備忘録 | Comments(0)