カテゴリ:その他( 25 )

野川を走る

2月末に上京以来30年住んだ世田谷区から、隣の狛江市に越してきました。いろいろと身軽になり、子供ももう大学生で校区を気にする必要もなくなったし、住んでいたマンションの隣に3年前にコンビニができて騒がしくなったので、少し静かなところに越すことにした。都心に自転車通勤できる範囲で物色して、結局、世田谷区、調布市、狛江市の市区境が交錯するあたりの築40年を超えた古いマンションに決めた。11階建ての10階で、ふた昔前の高層マンションのまあまあの高層階という、これまで住んだことのない高さにも惹かれたけど、なんといってもマンションのすぐ前を野川が流れているのが決め手。

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旧居では自宅から1kmほど走って仙川に出て、川沿いの遊歩道を4kmほど走り、また自宅に戻るというのが朝の定番ランコース。新居ではマンションから出て道路を渡ると野川の両岸に遊歩道が南北に伸びている。またコンクリで固めた川の堤の上のアスファルト敷の遊歩道ではなく、仙川にはなかった川幅の割には広めの川床の草生した踏み跡を走れば、朝露に靴を濡らしながら、途中横切る道路、歩行者や自転車を気にすることなく走り続けることができる。

3月末には遊歩道脇の桜が咲き、川床の菜の花がそれと競うように咲き誇ってた。

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清流から程遠い人造河川だけど、鷺や鴨、鵜が羽を休めてる。でかい鯉もいて、ときどきガキどもがルアーで釣りしてます。写真は撮れなかったけど一度カワセミも見た。

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負荷をかけるために少し寄り道して国分寺断崖をひいひいいいながら登ってたら、こんなのもいました。

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自宅を出てそのまま上流に向かって右岸を走り、帰りは左岸というのが定番コース。これを参考にしてます。

村松昭 散策絵図シリーズ13 野川散策絵図 (村松昭 散策絵図シリーズ)

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広げると3mを超える絵巻、そのうちいつも走るのは地図上で1mほどの区間。

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京王線、甲州街道馬橋をくぐると往路3km、中央自動車道、御塔坂橋で5km、がんばって野川自然公園の二枚橋、西武多摩川線をくぐると10km超というふうに、橋をメルクマールに途中止まることなく何も気にせず走れるのは最高!!以前は二日に一度だった朝ランが回数、距離ともに増えた。

5月になると川床の草丈が高くなり、踏み跡にもかなり生い茂るようになったけど、藪漕ぎラン!といい気になって走ってた。ある日走って家に戻ると、脚が少し赤くなっていたので何かにかぶれたかなと思ったけど、気にせずまた次の日も走りました。数日後、今度は走っていると脚が猛烈に痒くなり、見ると湿疹ができてました。それでも草をかき分けて走っていると今度はくしゃみが止まらなくなり、目も痒みが止まらなくなりました。これらの症状が走っていないときも治まらないので、さすがにおかしいと思ってアレルギー科、皮膚科医院に行って検査してもらうと・・・・当たり!

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イネ科植物の抗体が少し、またこれまでシーズンでも何も感じなかったスギ、ヒノキの抗体も少しありました。ということで、50歳前にして花粉症デビュー。とりあず薬を処方してもらい、川床を走るのはやめて遊歩道で我慢することに・・・。薬は10日ほど服用して、そのあとは川床を走らなければひどい症状はでなくなったけど。

6月になって眼下の川床を恨めしく睨みながら走っていると、草が刈られている区間が少しだけあった。数日後遊歩道と川を隔てる金網にこんな掲示が。

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おお、ありがとうごさいます、調布市様。どんどんお願いします。

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ということで、日に日に刈り終えた区間が拡がるのを見て、再び川床を走れる日を楽しみに待ちながら走る今日此の頃でございます。
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by mobydick67 | 2016-06-18 16:02 | その他 | Comments(4)

今年も龍勢に行ってきたよ

順番が逆になってしまったけど、今年の龍勢も声をかけていただいて行ってきました。

2015年10月11日

今年の武甲雲流の打ち上げは15番目、13:00からということなので、少しゆっくり9:30くらいに会場の秩父吉田の椋神社に到着。着いた頃は小雨が降っていたけど、すぐに上がって青い空が雲間にのぞきはじめた。

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晴れると酒もすすみ、みんなハピー。

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正太郎もハピー。

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今年の武甲雲流はなんでも秩父アニメ「あの花」とコラボだそうで、アキバ系の人も寄ってくる。

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寄ってくる??

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肝心の龍勢も今年はみんな絶好調。次々と天高く上り、大きな花を咲かせていく。

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酒もいい感じにまわって興が乗ってきたころ、いよいよ武甲雲流の打ち上げ(ひどい手ぶれすみません)。今年の口上も、かつて雁坂小屋の小屋番をつとめた横田さん。



ええ、残念でした。まあそういうこともあらーねぇ。また来年!


こんなものも頂きました。ありがとうございます。ボケて徘徊してもこれがあれば大丈夫!!

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龍勢のあとはホルモンの高砂で打ち上げ。そばのせきたの社長も加わり楽しい宴。

秩父はいいとこだいね。
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by mobydick67 | 2015-12-22 14:53 | その他 | Comments(0)

広、長浜、小坪、小須磨、仁方、広

呉に帰省中。
毎日中途半端な天気で、遠出という気分ではないので、今朝は早起きして近くを走ってきた。

自宅を出て、地元で「バイパス」と呼ばれている、戦後米軍の弾薬輸送のためにできた道路からスタート。

工場地帯を抜けて・・・

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米軍弾薬庫を横目で睨みながら、峠を越えると・・・

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・・・そこは海であった。

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いつもはくだらないことをいうのが罰当たりなくらいなすばらしい光景が眼前に広がるけど、今朝はあいにく朝霧で峠の上から海は見えなかった。それでもこの峠を越えると途端に潮の香りが強くなる。

峠を下って小さな漁村(坂田明の故郷、長浜)を抜けると、そこからは道は海と山のあいだのわずかな土地にへばりつくように続く。雨が降ってきたけど気にならない。 

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ちいさなちいさな造船所。

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小学生の頃は、自転車の荷台に釣り道具と釣竿を括りつけて悪童たちと毎週末通った。
中学に入ってロードマンを買ってもらうと、何の目的もなくこの道をがむしゃらにとばした。側溝につっこんで、一回転半の背中着地というウルトラCをキメたこともあった。
大人になっても、結婚前の妻が運転する車でドライブした。
息子と自転車でツーリングもした。


これまでもこの道のことは何度かブログやFBに書いたけど、何度書いても書きたりないくらいいい道。できれば東京にこのまま全部持ち帰って毎日走りたい・・・・


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by mobydick67 | 2015-08-21 17:04 | その他 | Comments(0)

くも膜下出血顛末記 その3 術後入院生活

2015年1月1日
手術の翌日12月30日に意識を取り戻しましたが、まだ意識が混濁していて、しゃべったり、ひとが言っていることがわかるようになったのは年明けてからで、気がつくとナースステーションの前の個室集中治療室のベッドの上でした。病名、病状について医者や家族から説明を受け、何度も「意識が戻ったのは非常に幸運」と言われましたが、その時は幸運なのかどうなのかわからないくらいこの病気についての知識がまったくありませんでした。
 気がつくと手には点滴の針が2箇所刺され、各種センサーがつけられていて、看護師さんが頻繁に点滴パックを交換し、採血し、血圧を測りにきました。何よりもびっくりしたのはいつのまにかペニスにカテーテルが刺されていたことです。一体誰が何のために???ペニスにさされたカテーテルは膀胱にまで伸びており、尿はすべて膀胱から直接カテーテル経由でベッドの柵にぶら下げたパックに貯め、これも看護師さんが頻繁にパックを空のものに交換し、尿量を記録され、脱水症状にならないよう頻繁に経口で水分をとるよう指導されました。くも膜下出血直後の症状として体内の水分コントロールがうまくいかなくなるようです。また、これもずっとあとで知ったことですが術後10日ほどは再出血、脳血管攣縮、脳浮腫などが起こる可能性が非常に高いため、このように厳重な管理体制下に置いて経口、点滴で薬を大量に投与するようです。とにかく大便のときに看護師さんに付き添われて室内の歩いて5歩のトイレに行く以外はずっとベッドの上で点滴を受ける生活でした。

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 手足も動くし、喋れるので楽観的にされるがままにしていましたが、ひとつだけ辛いことがありました。頭痛です。医者によると出血により脳内に残った血液のせいだということでしたが、これがかなり酷い頭痛で手術前の頭痛よりもひどいくらいでした。頭痛止めの薬を点滴で入れてもらいましたが効果はあまり続かず、術後1週間ほどは絶え間ない頭痛に悩まされ長く寝ることができませんでした。また1月5日には、網膜光凝固術という簡単な目の手術を受けました。脳内手術の数日後に久しぶりにメガネをつけてみると像がダブって見えたため眼科の診察を受けたところ、右目の網膜の端のほうが剥離しそうになっていたため、レーザーで焼いて網膜を固定する手術を受けました。手術といっても麻酔も使わず1時間半程度で終わり、すぐに効果が現れて元通りに見えるようになりました。主治医は原因についてはっきといいませんが、手術中、術前のCT検査等で大量の放射能を浴びたことが原因ではないかと思っています。くも膜下の検査、手術ではフクシマの原発作業員以上の放射能を短期間に浴びるようですが、治療には欠かせない過程なのでしかたないと思っています。
 1月6日夜に術後の経過も良かったため集中治療室から脳神経科の一般病棟個室に移りました。頭痛も徐々にひいてきて夜も眠れるようになりました。一般病棟に移ってからは家族以外の見舞いも許可され、親しい友人たちが見舞いに来てくれ、とても心強かったです。食事も一般食になり、リハビリも始まりました。リハビリといっても長いこと寝ていたために足腰が弱っているだけで、最初は院内の病室のあるフロアーを妙齢の女性理学療法士と見習いの女子大学生に付き添われて歩くことから始め、3、4日すると2人と病院の建物を出て敷地内を散歩できるまでになりました。楽しかったです。ただこの頃、歩いていても筋力の衰えとは別に、ふらつくようなバランス感覚が悪いような気がしましたが、歩けないほどではないので気にしませんでした。しかしこれは後になってもなかなか治らず今でも少し残っています。1月11日にはペニスに刺さっていたカテーテルを女性看護師さんに抜いてもらい(うっ!!)、術後初めてシャワーも浴びてすっきりしました。1月13日には個室から4人部屋に移り、点滴の種類も減って針も2箇所から1箇所になり、服用する薬も2、3種類になりました。1月13日、術後の経過を見るため、脚の付け根から脳まで再度カテーテルを挿入して脳血管造影検査を受けました。出血後のコイリング手術の際は意識がなかったので何も覚えていませんが、今回は脳神経科の手術室までベッドごと運ばれ、白衣を着てマスクをつけた人々に囲まれて麻酔をうけ、体を固定され検査を受けましたが、まるでSF映画の中にいるような体験でした。検査後、気がついたら病室に戻っていて1日安静にと言われました。翌14日担当医の診察を受け、再出血の可能性がないわけではないけど、体力の戻りもよく、その他の数値も良いので退院しますか?と訊かれたので二つ返事で退院します!と伝え、翌15日にめでたく退院しました。このときは自分の足で歩いて退院し、手術、入院費の支払いといった退院手続きも自分でしましたが、看護師からはくも膜下出血の術後に車椅子や移動ベッドでなく自分の足で退院する人は非常に稀ですと言われました。

何はともあれラッキーでした。
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by mobydick67 | 2015-05-25 17:50 | その他 | Comments(4)

くも膜下出血顛末記 その2 手術

2014年12月29日
28日に東京医療センターに救急搬送されて集中治療室にかつぎこまれ、CT等の検査によりくも膜下出血との診断を受けて救命処置を施され、翌29日に手術を受けます。これはあとで知ったことですがくも膜下出血の手術は2種類あります。一つは開頭手術で頭蓋骨を切りとって、破裂した動脈瘤をクリップで挟んで再出血を防ぐ手術(クリッピング)。もう一つは血管内治療といって、脚の付け根の動脈からカテーテルを挿入して脳まで通し、そのカテーテルから紐状のプラチナを動脈瘤のなかにコイル状に詰め込んで動脈瘤に血液が流れこまないようにして再出血を防ぐ手術(コイリング)。詳しい理由ははっきりとは聞いていませんが、私の場合動脈瘤の位置、あるいは形状のせいでクリッピングができなかったため、後者のコイリング手術を受けました(追記:搬送時にすでに脳血管攣縮を起こしており、開頭してクリッピングを行うことができなかったということを、退院後の夏の診察時に担当医にききました)。実際、手術では動脈瘤にプラチナを詰め込むのに手こずり、予定よりも時間がかかったようですが、サポートカテーテルを使って補助することでコイル塞栓を終えたようです。ただ、私は倒れて以降意識はまったくなく、術中術後は麻酔も効いていたので何も覚えていません。

2014年12月30日
その後翌30日に脳神経科集中治療室で意識を取り戻したようです。そして、意識を取り戻したときにせん妄状態で「ちくしょうー」とか言いながら、ベッドに寝たまま柵を蹴飛ばしたり、点滴の針を取ろうとして暴れたため、ベルトやグローブで手足を拘束されたようです。この病気は出血により手足が麻痺して動かなくなることが多いので、医師や看護師は「元気のいい患者だ・・・」と苦笑していたようですが、私は全く覚えていません。はっきりと意識が戻って家族や看護師から病名、病状を聞き、自分のおかれている状況を理解したのは年があけてからです。「くも膜下出血」と聞いても、ほとんど知識がなくピンときませんでしたが、とりあえずしゃべることもできるし、手足も動かすことができたので悲観的にはなりませんでしたが、集中治療室でいろいろなものを体に繋がれ絶対安静という状況でした。
 
ずっとあとで退院して入院時の書類を整理していて、意識のない私に代わって家族が書名した手術、治療の同意書に添えられた説明書を見て背筋がぞっとしました。

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このように予後の非常に悪い病気ですが、高度な医療技術と医療スタッフ、そして家族の判断のおかげで現在ほぼ正常にほとんど不自由なく生活できているのは、ほんとうに驚くべきことで、いくら感謝しても感謝しきれないと思っています。






話はとびますが・・・・2月に退院後に初めて見た美術展は国立近代美術館の高松次郎展でした。ここの展示である作品を見て驚愕しました。脳動脈瘤コイリング手術では下記のようにコブにプラチナを詰めていくのですが・・・・

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高松次郎 「瓶の紐」

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そっくり!
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by mobydick67 | 2015-05-07 10:22 | その他 | Comments(10)

くも膜下出血顛末記 その1 出血

このブログではこれまで山、里、街での己の愚行の数々を晒してきたので、昨年末に患った大病についても備忘録代わりに書いておこうと思います。「患った」というよりは「襲われた」というほうが感覚としては近いのですが、表題のとおり昨年12月に私はくも膜下出血で倒れました。

2014年12月11日
都内で親戚が集まる機会があり、夕方6時から新宿の居酒屋で宴がありましたが、私は幹事だったため、めずらしく焼酎一杯程度しか飲みませんでした。2時間ほどで宴は終わり自宅に帰りましたが、その際甥や姪など若い人を中心に数人が私のマンションにそのまま来て、やれ飲み直そうかとみんながテーブルについて、乾杯しようとしたまさにそのときでした。それまで経験したことのないような頭痛に襲われました。また脚の膝から上が少し痺れているような感覚もありました。「経験したことのないような」といっても、そもそも宿酔以外で頭痛などほとんど経験したことがなく、後で本やネットで調べるとこの病の頭痛は「人生最悪の」と形容されていましたが、そのときはとりあえず頭がグラグラするような頭痛で何か尋常ではないものを感じましたが、最悪かどうかはともかく酒など呑めそうもないので、他のみんなに頭が痛いので悪いけどもう呑めないと伝えてベッドに行き、そのまま倒れるように寝ました。
 すぐ寝たかどうかはもう覚えてませんが、翌朝になっても頭痛は治っていませんでした。ただ、慣れか、頭痛が弱まったのか、全く行動できないような状態ではなく、3日ほど仕事は休みましたが、その後年末で忙しくなかったせいありますが、仕事もしていました。酒を飲んでみても治らず、いつまでたっても良くならないので20日には市販の頭痛薬を飲んでみたけどやはり治らず、ようやく24日のクリスマスになって病院に行きました。町医者では後で大病院に廻されると思って、区内の某大病院に行き、受付で頭痛と足の痺れが10日以上続く旨を伝えると脳神経外科を案内されました。そこで頭部CTと脚のMRIを撮ったあとに診察を受けましたが、いずれにも異常はないとの診断で心労のせいだと言われ、少し強い頭痛薬ロキソニンを処方されました。
 
2014年12月26日
それでも頭痛はひかず、実はこのあたりから記憶が曖昧であとは家族による事後報告をもとにした記録になりますが、26日にトイレで倒れて意識不明のところを家族が発見し救急車を呼び、先ほどの大病院に搬送されました。しかし搬送中に意識は戻り、搬送先の病院でも再度CTを撮ったりせず、やはり心労のせいだという診断でタクシーで帰宅しました。

2014年12月28日
翌々12月28日午前中、風呂で再度倒れます。家族によると26日前後から傍目にも不審な行動が多く、この28日もなぜか午前中に入浴しようとして、家族も注意していたようですぐに倒れたことに気がついたようです。再び119で救急車を呼びましたが、このときは意識不明で呼吸も浅く人工呼吸を受けながら搬送されたようです。また、理由はわかりませんが、今回は前回の通院と救急搬送で診察を受けた病院ではなく隣の目黒区の国立東京医療センターという大病院に搬送されました。ちなみに今こうやって普通にパソコンでキーボードを打ったり、朝走ったりできるのは、手術、治療をしてくれたこの病院の医療チームはもちろんですが、2度ともすぐに気がついて救急車を呼んでくれた家族と、すぐに駆けつけて適切な処置をして迅速に搬送してくれた救急救命士のおかげです。感謝しています。
 こうして病院に搬送後、脳神経科の集中治療室に運びこまれ、生命維持のための処置を受け、MRI、CT、頭部血管造影検査によってくも膜下出血との診断を受け、翌日即手術することが決まります。ただこのあいだも私は意識不明、呼吸不全で、家族は担当医から手術をしてもこのまま意識はもどらない、あるいは手術前に死亡するかもしれないと担当医に伝えられたようで、広島の実家や滋賀の妹に連絡して母や妹が急遽上京してきました。

うーん、こうやって改めて文章にしてみると、もうかれこれ退院後4ヶ月近くたつのですが、我ながら今こうやってほぼ普通に生活できていることが奇跡のようです。とりあえず今は五体満足です。
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by mobydick67 | 2015-05-04 18:10 | その他 | Comments(6)

秋空に昇る龍

ずいぶん時間が経ってしまったけど、とてもめでたい事で、とても楽しかったので書いておきます。


2014年10月12日

恒例の秩父吉田の龍勢祭りに、誘っていただき行ってきた。
今年(2014年)の武甲雲流の龍勢は、成人した友人正太郎が奉納し、家族5人の希望を載せ、健康を祈念して打ち上げられ、秋空高く昇った。

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正太郎は口上やぐらから見守り、打ち上げやぐらでは父0号がぬさを振りながらこちらと同じ口上を詠み上げる。




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よかった、よかった。

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毎度のことだけど、秩父の懐の深さ、優しさを感じたよ。
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by mobydick67 | 2015-04-16 11:20 | その他 | Comments(4)

帰ってきた桑原甲子雄

実は・・・・最近のなんでもかんでも「昭和の」という枕言葉をつけ、「三丁目の夕日」的にあの「時代」を懐かしむような風潮には「私的」にはちょっと辟易してるんですが、昨年出版されたこれだけは別。

私的昭和史 桑原甲子雄写真集 上巻 東京戦前篇

私的昭和史 桑原甲子雄写真集 下巻 満州紀行 東京戦後篇


桑原甲子雄の写真集は、これまで絶版のものも含めクロノジカルに業績を俯瞰するようなものがほとんどなかったけど、これは代表的作品がほぼ網羅された大部二冊。(話はそれるが、彼が街の写真屋として撮った写真を見ることができる一銭五厘たちの横丁 (岩波現代文庫)も、児玉 隆也による控えめながら力強いルポルタージュと併せて傑作)



桑原甲子雄と出会ってしまったのは、1993年世田谷美術館で開かれた桑原甲子雄✕荒木経惟の「ラヴ・ユー・トーキョー」展でのことで、もちろん出会ったと言っても御本人に会ったわけではなく、その頃好きだった荒木経惟目当てで行ったのに、なぜか桑原甲子雄の写真のほうに引き込まれてしまったわけで、上記下巻巻末のおもわず涙が溢れそうになるアラーキーによるクールな後書きで初めて知ったけど、晩年の桑原甲子雄は世田谷の馬事公苑近くに住んでいたようで、ちょうどその頃自分もすぐ隣の砧に住んでいて、馬事公苑あたりはよく彷徨いていたのでどこかですれ違っていたかもしれないと、いまさらながらにどきどきしたり、蛇足ついでに30年近く前東京に出てきたとき最初に住んだ豪徳寺の6畳1Kのアパートのすぐ裏がアラーキーの住むマンションで、商店街や駅を独特の姿勢で歩いていた姿をよく見かけたことを思い出したり・・・・・


で、何が言いたかったのかというと、そんな桑原甲子雄が世田谷美術館に帰ってくるんだなあ、と。

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桑原甲子雄の写真 トーキョー・スケッチ60年

2014年4月19日~ 6月8日 於:世田谷美術館
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by mobydick67 | 2014-04-16 17:08 | その他 | Comments(0)

筆不精から脱出!―― 吉田の龍勢

秋はいろいろ忙しくて、さっぱり山には登れないし、いろいろ書いておきたいこともあったのに、一度間があいてしまうと、まあいいか・・・という気持ちも出てきて、随分長いあいだ放置したままにしていたけど、やっぱりこれまでどおり書き殴り続けていきたいので、随分前のことになってしまったけどちゃんと書いておこうと思う。



2013年10月13日  秩父 吉田の龍勢祭り 

朝一番の電車で秩父を目指し、西武秩父駅まで車で迎えにきてもらって会場である下吉田の椋神社へ急ぐ。友人の正太郎の属する武甲雲流の桟敷席に席をとってもらった。

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三々五々、近所の人、観光客、関係者が会場に集まってまわりが賑やかになりはじめたころ一つめの龍勢の打ち上げ。太鼓の音と口上がスピーカーから鳴り響き、丘の途中の発射塔の龍勢に点火され、シュルルという空気を引き裂く音ともに蛇のような龍勢が青空に駆け上り、軽い花火の破裂音とともに火花、煙、様々な飾りが空いっぱいに広がる。これを朝から酒飲みながらみんなでわいわい言いながら見るのが吉田の龍勢祭り。いいねえ。

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武甲雲龍は早めの9:30くらいから打ち上げ。ご好意で太鼓と口上を詠む櫓にも上がらせていただいた。ちなみに口上は雁坂小屋の小屋番もつとめる横田さん。夢いっぱいの口上。

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・・・・・残念ながら今年の武甲雲流は天高く駆け上がることなく打ち上げ失敗・・・半年かけて準備してきたみなさんは、さぞ残念、地団駄を踏み、涙の飲んだことと思いますが・・・・また来年があるさ!

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途中あわや山火事かというハプニングもあたりしたけど、秋晴れの空の下のんびりと時間は流れ・・・・

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夜は普段正太郎が働いている牧場直営の焼肉屋ぎゅうやで秩父牛に舌鼓をうち、翌朝は龍勢会場の後片付けを冷やかしに行って、祭り当日は関係者以外近寄れない発射塔を間近で見たり。

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そんなこんなで、山歩きに勝るとも劣らない素晴らしい時間を過ごした秋の休日でした。

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by mobydick67 | 2013-12-19 18:51 | その他 | Comments(2)

水戸の朝


一昨日夜遅くに水戸から東京に帰ってきた。

水戸では夜は仕事が終わるのが遅く、毎晩酒場その他を彷徨というわけにはいかなかったけど、朝は少し時間があったので、ホテルでバイキングの朝食を済ませたあと、仕事先に入る前に何度か喫茶店巡り。水戸駅北口は旧市街地で大通りがあり古い用品店や果物屋などが点在するけど、なぜか朝から開いている喫茶店は少ない。

ホテルの向いの本格コーヒーの店「プロカフェ」。写真はないけどここは上手いコーヒーが安く飲める良心的なカフェ。喫茶店と言うよりはカフェ。駅から近いせいもあってそこそこ混み合っている。プロカフェには2日ほど通ったけど、他もあたってみようとうろうろしてると、ちょうど宿泊しているホテルと仕事先の美術館の中間あたり、大通りから北に入る路上に、惹かれる看板をみつけた。

「ユニバース」

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古ぼけたビルの階段をあがると、古ぼけたドアが開きっぱなしで、古ぼけた店内ではランニンシャツ姿のマスターと思しきおじさんが電話中。他に客が一人。電話が終わったおじさんは「待たせてごめんね」といいながらコーヒーを淹れ、どこか懐かしい整髪料の匂いをふりまきながら「待たせてごめんね、一番搾りだから・・・」と砂糖とミルクの入ったステンレスの容器と一緒にコーヒーを運んできてくれた。

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一番搾り、美味しゅうございました。ここは紛れもない「喫茶店」。また機会があれば寄ろう。



水戸では水戸芸術館で今日から開催される、曽谷朝絵展 「宙色(そらいろ)」の展示のひとつをお手伝いさせていただきました。

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お近くのかたは足を運んでみてください。
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by mobydick67 | 2013-07-27 23:04 | その他 | Comments(2)