カテゴリ:奥秩父:山歩きと備忘録( 126 )

山と鉄道

奥秩父縦走路のほぼ真ん中に位置する甲武信ヶ岳は、山容こそ凡庸だが、その頂上からの眺めは奥秩父随一だ。(山田哲哉調・・・)

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このところの降雪できっと奥秩父もいい感じになってるだろうなあ・・・と思いを馳せる今日この頃・・・・それはともかく、甲武信ヶ岳へと登る道には、他ではなかなかお目にかかることのできない森林軌道跡が武州埼玉側と甲州山梨側にそれぞれ一つづつある。

甲州側の近丸新道沿いの三塩森林軌道の珪石線跡

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武州側の川又から赤沢出合まで伸びているのは東京大学演習軌道の入川線跡

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両方とも、鉄道マニアでなくても歩いていると何故かウキウキ、スタンド・バイ・ミーな気持ちのいい道。


そんな全国の森林鉄道の資料を集めた本がある。

全国森林鉄道 JTBキャンブックス  西裕之

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それぞれの軌道の歴史、走っていた車両、管理者などがかなり詳しく書かれている。上記二線の現役時代の写真も幾つか掲載されていて往時を偲ぶことができる。簡単な軌道図もある。奥秩父のものとしては他に武州中津川森林鉄道も紹介されている。表紙の写真もぐっとくる。一部の鉄道マニアだけのものにしておくのはもったいない資料。ただの鉄道マニアに終わらない、趣味の細分化にも驚くけど、本業は歯科医だというこの著者、本当によくこれだけ調べたなあ・・・恐るべし鉄男魂!



The Grateful Dead (Skull & Roses)


小さくても大きくても、こういう緩い感じが鉄道のいいところ。



もしも長生きして老後なんてものがあったら、こんな鉄道にも乗ってみたい。

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やっぱり鉄男?
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by mobydick67 | 2012-02-20 22:40 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(2)

2011年最後の山歩き

今年も甲武信小屋の年末ボッカになんちゃって参加させていただいた。ただ今年は希望者が殺到?した第一次先発隊の選考に落ちたため、第二次隊として参加。

2011年12月26日

年末ボッカの常連精鋭メンバー平野さんが運転する車で、ヅメリンと3人で川上村梓山の白木屋旅館へ。翌日に備えて酒はほどほどにする予定だったが・・・

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12月27日

朝食後、甲武信小屋主人徳さんと合流して、毛木平へ。3人で荷物を分けて出発。

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今年は雪が少ないと聞いていたが予想以上。少し寂しい。

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それでも、沢沿いの道で凍結箇所もたくさんあるのでナメ滝あたりでアイゼン装着。

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樽酒も少し担がせてもらった。途中コケたりよろけてバランスを崩して樽を落として割ってしまうと、そこで飲むしかないらしい・・・誘惑が・・・・

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昼過ぎに小屋に到着。小屋の前でも10cmも積もっていない。

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ざっと中を片付けて、軽く掃除したあとでソルティーなホルモン焼きとスィート・ソウル・ミュージック。

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12月28日

今年は雪が少なく、雪かきなど外の仕事がほとんどないので、午前中は小屋の隙間塞ぎ。

昼前にこの日下山する平野さんについて甲武信ヶ岳頂上まで。縦走路も雪が少ない。

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午後はだらだらと掃除など。

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早くから鍋を肴に一杯・・・・

12月29日

午前中ざっと掃除をして、早い昼を食べたあと下山。いろいろありがとう、ヅメリン。酒、肴、飯ごちそうさまでした。

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木賊、戸渡尾根経由で西沢渓谷へ向かう。こちらの道も例年に比べて雪が驚くくらい少ない。アイゼンを履かずに歩いた。

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2200mくらいから土がのぞくところもあり、1900m付近からは登山道上はほとんど雪がなくなる。凍結箇所も少しあるが、避けて通れば問題ない。

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途中、徳ちゃん新道とヌク沢道の分岐の上で甲武信小屋の正月営業を手伝いにデカイザックを背負って登ってきたS嬢と会う。今年はSさんの豪華鍋が食べれないのが残念。

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下山後、道の駅みとみでワインでも買ってバスに乗ろうと思っていたが、閉まっていた。残念。



今年も最後に楽しい山歩きをさせてもらった。ありがとう。
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by mobydick67 | 2011-12-29 23:01 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(2)

奥秩父の歌?

変なのありました・・・・奥秩父縦走賛歌?

伊藤麻衣子 奥秩父子守唄!



こんなの聞くと藪を一人で歩けなくなるなあ・・・・
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by mobydick67 | 2011-12-23 23:33 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(0)

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久しぶりに山を歩いてきた。


2011年11月30日

奥秩父。いつもの場所。

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いつもの人と、いつものようにたっぷり呑んだ。7ヶ月間、お疲れさま。




2011年12月1日

閉めた小屋を後に二人で小雨に煙る縦走路を東へ。

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前から一度歩いてみたいと思っていた尾根、孫四郎尾根。

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斜度はない。藪もたいしたことはない。倒木はあるが、うんざりするほどではない。ただ、地図とコンパスを頼りに暗い針葉樹林の緩い尾根を外さないように歩く。

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一度は泊ってみたかった場所。予想以上に広い。まだ昼をまわったばかりだけど、雨は雪にかわりつつあるし、やはりここでテントを張ることにした。

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思ったほど気温は下がらず、湿った雪であまり積もらない。早くから飲み始めたので、宵の口には酒がなくなってしまった。



2011年12月2日

暗いうちに起きて、湯を沸かし、茶を淹れて、カッペリーニのスープスパで朝食。食後にコーヒと一服。小雪のなかテントを畳み、荷造りが終わった頃には少し空が明るくなってきた。

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広い台地の終わりからまた尾根を下り始めるが、針葉樹の幼木にシャクナゲが混じりはじめて少しづつ藪が濃くなり、斜度も増し、歩き難くなってくる。

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下ってきた尾根を振り返る。

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地図によると尾根の右、東側は土崖、左の西側は岩崖なので、なるべく尾根を外さないように藪を泳ぐように進む。尾根を忠実に辿って小ピークを2つほど越え、3つめを超えようとしたが、あまりに藪が濃くて尾根を辿るのを断念。右側に巻くと右手下方に登山道が見えた。ここで尾根から離れて登山道に出るとすぐ先に地蔵岩展望台への道標。ここからは薄っすらと雪が積もった登山道を緩やかに下る。

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川又のバス停まで出たが、次のバスまでかなり時間があって、寒くてとても待っていられそうにないのでそのまま秩父湖まで歩くことに。が、バスの経路が変わったことを確認していなかったため、さらに大滝温泉まで歩くことに。車道歩きにうんざりしてきた頃、やっとたどりついた温泉に逃げこむように立ち寄って体を温めた。氷雨のなかを凍えながら歩いているときにはビールのことなど念頭になかったのに、風呂からあがるとやはりとりあえず生ビール。そして熱燗。湯と酒で体をほぐしてから、宵祭りの秩父へと向かう。
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by mobydick67 | 2011-12-05 21:15 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(2)

奥秩父のこと、あれやこれや・・・

随分山を歩いていないけど、別に山の事を忘れたわけではなく、離れているからこそ余計に思慕が強くなる今日此頃・・・いくつか奥秩父のことを備忘録として記しておく。

まずは私事になるけど、このブログの記事訂正から。昨年、奥秩父の岩屋林道という廃道を歩いたときに岩小屋だと思っていたところが実はそうではなかったという話。
このあたりを頻繁に探索されているhachiさんが、11月上旬にこのあたりを歩かれて真の岩小屋を見つけています。詳細はhachiさんのヤマレコ山行記を参照してください。もう一度歩いてみたいとは思っていたけど、これを読ませてもらってさらにその思いが強くなった。次に歩くときは是非この岩小屋を見つけて泊まってみたいなあ。


次は本の話。
ヤマケイ文庫から奥秩父関係の本が2冊出版された。

覆刻 山と溪谷 1・2・3 撰集 (ヤマケイ文庫)

山と溪谷 田部重治選集 (ヤマケイ文庫)

前者には以前ここでも紹介した山と渓谷 三号 秩父特集が含まれる。80年前の秩父の山歩きを知ることができる大切な資料。田部重治による巻頭エッセイ、原全教による和名倉山山行記などが読める。個人的には三号にも幾つか文を寄せている菅沼達太郎という人が最近気になっている。この人は日本における自転車ツーリングのパイオニア菅沼達太郎と同一人物なのか?
後者は1919年の初版(初版時の書名は『日本アルプスと秩父巡礼』)出版以来何度も再編、再版を重ねている田部重治の古典的名著。ただし、奥秩父に関する文章に限っていえば、わが山旅五十年 (平凡社ライブラリー)のほうが充実している。絶版のようだが古書なら割と簡単に手に入る。山に行く時にポケットにしのばせておくなら新編 山と渓谷 (岩波文庫)のほうが薄くて都合いいし・・・でも、社名の由来でもあることだし、絶版にすることなく版を重ねて欲しいと思います。


最後は地図の話。
山と渓谷、岳人共に2011年11月号は地図読みに関する特集。全体としては「山を読む」という特集名をつけた岳人のほうが読み応えはあったが、地図、特に電子地図の現在、そして未来について書かれた山渓の記事も面白かった。どうも国土地理院で公開している電子地図が変わりつつあるようなので馴染みのある奥秩父で机上検証してみた。正確には現行の新しいほうは電子国土基盤地図、古い方は電子国土基本図版というらしいが紛らわしいので、ここでは新、旧電子地図ということにする。

まずは送電線が表記されなくなったという事について。
以下は昨年秋に歩いた奥秩父金峰山南面の八幡尾根近辺の新旧電子地図。


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実はその時の記事にも書いたけど、チョキから尾根を外れて近くの林道にトラバースした際、いつものことだが読図、進路決めが甘くて違う林道に出てしまい林道を右往左往していたとき結局送電線が現在地特定に役立った(そのときはこの古いほうの地図を1/25000相当にA3出力したものを持参していた)。実は奥秩父で送電線が現在地特定に役立ったのはこのときだけだが、以前はよく歩いた谷川連峰など上越国境あたりでは送電線が現在地特定や山岳同定の役にたった経験が何度かある。山渓には送電線が地図から割愛されることになった理由が記されていたが、本当にそれが理由ならこうして送電線が記載された旧電子地図もいつの日か閲覧不可になるのだろうか?納得いかない。




次は地図から消えたり、新たに記載された道について。

まずすぐに気づいたのは先程も触れた岩屋林道。これが新版では消えた。


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実際歩いても登山道どころか、獣道以下というのが現状なのでいたしかたないか。でも、そもそもここに興味を持ったのはまさにこの電子地図に記されていたことが発端だったので少し残念、そして寂しい。
ちなみに真ノ沢林道も同様に新版では消えてます。



そして西沢渓谷から尾根伝いに甲武信につながる徳ちゃん新道が新版ではやっと記載された。これでこれまでのようにプリントアウトしたものに手描きで描き足す必要がなくなった。


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次は些末なことだけど、甲武信小屋近辺の巻き道。甲武信小屋の前を北に奥の旧便所(現連れ込みバー、ではなくて蓄変電機、薪置き場)のほうに歩いていき太陽発電パネルを超えたあたりに鹿柵とそれを通り抜けるドアがある。このドアを通ってそのまま歩くと頂上を通ることなく甲武信ヶ岳と十文字峠をつなぐ道に出ることができる。


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この甲武信ヶ岳近辺2つの道は、両方とも、当たり前だが、山と高原地図にはずっと前から記載されてきた。この度、晴れてお上から道として認めてもらえたということでしょうか?



でもこうして地図みたり、本読んだりしても満たされないので・・・

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来週あたり一度歩いてこようと思います。
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by mobydick67 | 2011-11-27 12:10 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(4)

十文字峠越えの顛末

以前入手した古い山の雑誌「山と高原」に掲載されていた畦地梅太郎の「十文字峠越え Ⅰ」。続きの掲載された次号はさすがに見つからなかったが、この話が収録された単行本を入手した。

山の足音 (アルプ選書)

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畦地梅太郎の山の文がたっぷり楽しめる。紙面の都合からか、雑誌掲載時のイラストが多少割愛されているのは少し残念。

肝心の畦地一家の十文字峠の顛末。早朝白木屋をでて好天のなか毛木平から十文字峠へ。十文字小屋の女主人(現在の甲武信小屋主人徳さんのお母さん、山中時子さんと思われる)から子連れということもあって宿泊を勧められたが、そのまま峠越えを強行。日が暮れて真っ暗になってから栃本に到着。なかなかの健脚一家だ。

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阿佐ヶ谷の「穂高書店」で購入。まるで深い藪のような山岳書専門古書店。

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山から遠く離れたところで、山の足音に耳をすます日々。
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by mobydick67 | 2011-10-01 22:02 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(0)

国師ヶ岳も百名山?

先日図書館で本を見ていたら、意外な本に意外な記述があった。

一等三角点百名山

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この本に百山の一つとして奥秩父の国師ヶ岳がとりあげられていて、その登山ルートとして今では廃道と化している岩屋林道が取り上げられていた。

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参考までにそこに記されたコースタイムを引用しておく。

梓山(3時間ー2時間)梓川・梓久保林道終点〈国師岳登山口〉(1時間ー40分)梓川岩小屋(2時間ー1時間30分)国師岳


昨年実際に歩いたが、林道終点から岩小屋までは沢沿を倒木を乗り越え、渡渉を繰り返しながらの歩きとなるので1時間はつらい。それとももっと沢から離れた倒木の少ないところに道があったのか。いつかもう一度歩いて調べてみたい。


ちなみにこの本に取り上げられている奥秩父の山は国師岳と雲取山のみ。きりのいい100と数を先に決めてしまうと、こぼれ落ちるものも多いというのが読後の感想。でも、この表紙の等高線には萌える・・・
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by mobydick67 | 2011-07-13 11:51 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(0)

小林茂の秩父三部作 未完の完結編


秩父 山の民俗考古

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分厚い読み応えのある小林茂の遺作。特に圧巻なのは第二部。秩父の民具についての哲学的考察である『「木の股」民具考』、父小林據英の奇石コレクションを起点に様々な事象に思いを馳せる『「自然の取り入れ」についての一考察』、師にあたる直良信夫(明石原人の頭骨の発見者。現在ではそれは原人ではなく新人のものとの見方が有力。秩父多摩丹沢 (1972年)という関東地方の山旅を綴った回顧録がある)の業績と交流を回想しつつ人間と狼の関わりの考古民俗学的に考察していく『人類史とオオカミ、狼習俗と信仰についての断章』。このように私的な事柄を起点に語られた第二部は民俗学術書としては奇異な印象も受けるが、こういう卑近なところから民俗学的想念を広げていく趣向が他に類を見ない力強さを生み出していることは間違いない。ただ資料を収集してまとめただけの本にありがちな、どこの誰が書いたかわからないような薄っぺらさはここには皆無。


掲載されている図版も相変わらず素晴らしい。

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出版準備中に急逝されたせいか、この本の第四部は取材ノートがそのまま掲載されていて、第三部との重複も多く、前作秩父 山の生活文化のような完成度はないが、逆にその未完成さ故に彼の考えていたことの壮大さが浮かびあがってくる執念の一冊。
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by mobydick67 | 2011-06-14 19:14 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(2)

奥秩父登山案内略図

秩父の旅 第二年第四号 奥秩父登山地図号 昭和四年六月発行

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西沢から青笹尾根経由で破風山へ突き上げる登山道あり。これが旧破風歩道の甲州側の道かな。現在も頂上の近くまで林道が伸びている。3年前の笹平の破風避難小屋改修の際にはこの道を使って作業員が毎日上がってきたと徳さんから聞いた。

また先日の、その徳さんの環境大臣賞受賞記念祝賀会の際にもその来歴について話があったが、甲武信小屋が建てられたのは昭和5年。



奥秩父登山案内地図  昭和七年五月訂正

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真の沢―甲武信岳コースタイム
栃本―柳小屋     六時間
柳小屋―甲武信岳   五時間
甲武信岳―梓山    四時間

先述した甲武信小屋だが、位置は「甲武信岳北方へ十分下りし所」とある。三宝山方面への国境稜線の鞍部にあったようだ。現在の小屋は頂上の南東に位置する。




いずれの地図も秩父鉄道発行。おそらく鉄道の乗客向けに無料で配られた、観光リーフレットのようなものだったのだろう。昭和5年に羽生、三峰間の秩父鉄道が全線開通しているので、この時期から奥秩父を訪れるハイカーも急増したのだろう。
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by mobydick67 | 2011-05-29 00:34 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(0)

畦地梅太郎と奥秩父

畦地梅太郎は奥秩父、そして山について次のように書いている。


山に考える

 わたしは、山へはいるまでは、まったく、おっくうな気持ちなんだが、いざ山へはいってしまうと、やっぱりきてよかったなと、いつまでも思うのだが、このごろのように、山がひとつの流行になってしまって、街でも、会社の机の周囲でも、どこそこの山へ行ったと、話しあうことが、お互いの自慢のようになってみると、わたしはつとめて、山へいくことをさける気持ちになってしまう。
 乗り物でも、山小屋でも、山を歩いてさえも、知ったかぶって、そして変に気取った人達が多い。それでなければ、おれは山を歩いて、自分をより人間的なものにたかめたんだと、いわんばかりに、おさまりかえっている人にも逢う。いやなものだ。

・・・・・・・・・・・・・

 わたしは、山は三〇〇〇メートルの雪線上もいいし低山もいいしどこでもいいのだが、たった一人で歩く原始林のなかなど、ことにすきである。
 もしろん、別の山にもいくらでもあることだろうが、秩父の原始林を一人であるくのはことにいいと思っている。

・・・・・・・・・・・・・

 秩父の山も、森林ばかりの山とはかぎらない。森林のない稜線を歩く場合もあるが、しかし、広大な森林帯の地勢の山だから、すぐ近くに、森林があるし、全体大森林におおわれた和名倉山が、いつでも目の前にあって、わたしの気持ちをよろこばしてくれる。
 こんなえらそうなことを書いても、秩父の山をそんなに知っているというのではない。ほとんどのところを知らないといった方が、たしかなことかもしれん。
 秩父の森林といえば、なんといっても十文字峠あたりだそうである。峠の平地がものすごい森林だ。森林といっても自然の生存競争とでもいおうか、ほとんどの雑木は姿を消してしまっている。日のめを見せぬ地表の下草はシダの類が多く、まったっくすがすがしいものがある。

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 秩父の山は、ものすごい森林のなかを歩くのに、少々飲み水に不自由するのじゃなかろうか。十文字峠越にしても、見下す深い森林の溪谷から、とうとうと水の流れる音をききながら、水にかつえて歩くなどなさけなくなるとういうものだ。これだけが欠点かもしれん。
 こんなに登山が盛んになったこんな日でも、秩父の山を歩く人は、大体に地味な人が多いようだ。山の人気は北アルプスや、谷川岳が、いまもなお独占している形だ。
 登山というものには、岩もあれば、雪もある。氷もある。もちろん森林もある。どれをやっても登山なんだ。そこに技術の差はあっても、山男の山に向かう精神の差があってはなるまいと思う。
 山男というものは、論理一点張りで山に向かうことだけでなく、いますこし、山に住む、動物的な、原始の感情と、感覚で、山に向かうということも考えてみたいものだ。



畦地梅太郎 山の出べそより



読むたびに身が引き締まる思いがする。初心に戻って、このような謙虚な気持ちで山を歩きたい。




でも、難しいなあ。
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by mobydick67 | 2011-05-09 19:39 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(2)