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夏の音

少し前の遅い梅雨明けの後、午前中時間が空いたので出勤前に上野の国立博物館に寄ってみた。平日の午前中とはいえ夏休みの上野の山は人が多く、国立博物館も古代ギリシャ展目当ての人でごったがえしていたが、そんな人の横をすりぬけて本館の常設日本ギャラリーに向かった。ここは最近でこそ、外国人観光客や刀剣、鎧目当ての歴女たちが訪れるようになったけど、それでもまだまだ空いていて、涼みながらゆっくりするにはもってこいの場所。順路最初のほうの仏像なんかは素通りして、漆や金工、陶、アイヌ、沖縄の装飾品を眺める。展示物は定期的に順次入れ替えられるので、何度来ても飽きることはない。順路最後のほうの近代美術コーナーはあまり好きではないのでいつもは素通りするけど、この時はちょっと珍しいものがあった。

横山大観の富士

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数年前に雑誌かなにかで写真をみたことはあったけど、本物を見るのは初めて。偶然出会ったポップな大観富士。壁際のソファーに腰を下ろして遠目にゆっくり眺める。足を止める人もいなくて、とても贅沢な時間。儲けものでした。


美術館を出て不忍池のほうに降りると、ちょうど蓮の花の見頃。

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蓮の花は蕾が開くときに「ぽんっ」と音がするという。学校も勤務先もこの界隈だったから、こうやってこのあたりをうろうろするようになってはや30年近く経つが、まだその音を聞いたことはない。


蓮の花の音のことを教ええてくれたのはこの本。
芝木好子 「夜の鶴」

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下谷の置屋「鶴の家」に生まれた千賀子は、戦争前夜当時、13歳。私がこの日歩いたのとちょうど逆のルートを、早朝湯島方面から池のほうに蓮の花を見に歩いてくる場面からこの小説は始まる。下谷、湯島天神、東京都美術館、妻恋坂、黒門小学校、お茶の水など馴染みのある場所を舞台に、戦争に向かって暗い影の差し始める下町の花柳界を背景に物語はすすむ。


千賀子が通った黒門小学校は上野広小路の猥雑な一画に今もあり、そのそばの花月のかりんとうが私の密かなお気に入り。駄菓子ではない雑味のない上品なかりんとう。昭和22年創業ということなので件の小説には登場しない。季節によって包装が変わる。今は夏の金魚バージョン。

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かりんとうをポリポリかじってるうちに、今年の夏も無為に過ぎていく・・・・
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by mobydick67 | 2016-08-13 11:14 | Comments(0)

奥多摩 オネオネタニオネオネオネ

友人と初冬の奥多摩歩き。予定は三人で宴会山行だったけど、いいだしっぺが家の事情で不参加となって、ツトピーと蛆がわく?男二人の山歩き。

2015年12月6日

奥多摩駅から日帰りの登山者ばかりのバスに乗って日原へ。東日原バス停横の水場で水を汲む。今晩の幕営地には水がないので各自4リットルほど。日原から先はヤケト尾根とタワ尾根のどちらかと曖昧にしておいたけど、奥多摩までの車中で、天気もいいし、暖かい南面のいつものタワ尾根に決めた。

小川谷林道は相変わらず燕岩下の洞門設置工事で通行止め。29年11月下旬までとのこと。

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一石神社の脇からタワ尾根にとりつく、高度差300mほどのきつい斜面についたつづら折りのやせた道は、落ち葉ですべりやすく歩きにくい。

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標高1000mあたりから尾根道は広くなり、しばらく歩くとそろそろ終わりを迎えようとしているミズナラの巨木が見えてくる。

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ここで一休み。ツトピーが作ってきてくれた弁当で腹ごしらえ。嫁にしたいマメな男です。ありがとう、ごちそうさまでした。

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ここからは落ち葉を踏みながら緩やかな尾根をつめる。

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テント1泊にしてはデカイな。

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荷は少し重いけど、気持ちのいい明るい尾根道歩き。

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むこうに長沢背稜、酉谷避難小屋。

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11:00 ウトウの頭。一本たてて、四軒小屋尾根を下る。最初は藪だけど、少し下ると開けたどっしりと広い尾根になる。

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四軒小屋尾根の狂人。

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お昼前にはいつもの場所に着き、テントを張る。

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テントを張ったら、山で男二人、やることはひとつ?・・・・・たまごたっぷりのおでんをつつきながら・・・・・いつの間にか日も暮れ・・・・

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山の夜は長い、と言いたいところだけど、この晩は眠くて早めにお開き。



2015年12月7日

5時頃起きると、夜は曇っていた空が晴れていた。

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湯をあたためて熱いお茶飲んで、昨夜のおでんの残りにうどんを加えて朝食。ゆっくりコーヒー飲んでテントを畳んで身支度。空が明るくなり、尾根に朝日がさすころ出発。

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昨日地図を片手に、もう一方に酒の入ったカップを持って、翌日のルートをいろいろ検討。とりあえず歩いたことのない、中段歩道より下の四軒小屋尾根を小川谷三叉まで下ることに。 

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中段歩道との交差点。ここから下は歩いたことがない。中段歩道は前回歩いた時、予想以上に荒れていて途中で引き返すはめになった。

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四軒小屋尾根下部は地図のとおり、ゆったりとしたつづら折りの道だった。とても歩きやすい杣道。

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林に杉が交じるようになると沢が見えてきた。丁寧な杣仕事の跡。

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三叉。小川谷林道が工事で通行止めになり、ここから上の酉谷避難小屋への道も荒廃した今、ここを訪れる人は少ないだろう。遠回りを覚悟で、ここまでテントと酒を担いで歩いてくるのも酔狂でいいかもしれない。

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ここから小川林道まで戻る道は痩せたトラバース道であまりよくない。17、8年前に初めて歩いたときは荒れてザレていて怖いおもいをしたが、それから数年後に再訪したときは危ないところには桟道がつけられしっかりと整備され見違えるようになっていて驚いた。あとできいたところによると、雲取に登った皇太子が下山路に使ったときに整備したらしい。しかしそれから10数年、震災以降、公式には小川谷林道が歩けなくなって4年。再び荒れ始めている。

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ひやひやするところ数カ所をやり過ごし、林道に入り、すぐに東にのびる枝道を少し歩いて、七跳山尾根(ゴンパ尾根?)にとりつく。ここも今は歩く人は少ない。

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昨日より荷は軽くなったけど、一旦谷まで降りて再び尾根を登り返すのはなかなか堪えた。

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途中前を歩いていたツトピーが古い鹿の角を発見。根が残っているので、抜けたものではなく死んだ鹿のものかもしれない・・・・

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七跳山ピークは巻いて長沢背稜に。ここからは高低差の少ない気持ちのいい道。

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石尾根の向こうに富士が白い頭を覗かせていた。

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ハナド岩から望む手前のタワ尾根とその向こうの石尾根。

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ずんずん歩く。

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今回はプリントアウトした1/25000地形図に加え、奥多摩登山詳細図/西編を持参。杣道、廃道情報に詳しくとても役にたつ。ただ、2014年出版と新しいが、ところどころ古い情報も混じっているので要注意。

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ずんずん歩く。

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今回は県界尾根ではなく水源監視路をあるいたが、仙元峠だけは尾根筋を歩いた。奥多摩から秩父へと抜ける古道。まだ歩いたことがない。いつか歩いてみよう。

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ここから先もずんずん歩く。途中蕎麦粒山を巻いたあたりで林業演習で杉に登ってチェンソーで枝を落としている若者たちに遭遇。

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これに気をとられて本来なら南東に進んで川苔まで長沢背稜を歩くはずが、南面の尾根に入ってしまった。いつまでたっても下りが続くのでおかしいと思ったときはもうかなり下っていたので、そのままこの鳥屋戸尾根を下ることに。落ち葉の積もった道をずんずん下る・・・・?

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15時過ぎに川苔橋に無事下山。

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駅でバスを降りると、定休日で開いてないと思っていた天益に灯りがついていたので無理をいってカウンターに座らせていただき、濃いめの澤乃井新酒をいただいて、いい気分で電車に乗って・・・・なんとか帰宅。酒と友はいいね。ああ、登ったり降りたり、また登ったり・・・・山歩きもいいね。
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by mobydick67 | 2015-12-21 18:49 | Comments(2)

くも膜下出血顛末記 その4 退院後、後遺症

 昨年末の出血、入退院から6ヶ月が経ちました。今は通院しながら術後の経過を見ています。現状を書いておきます。

 退院後1ヶ月ほどは運動、飲酒等は禁止されていましたが、現在は適度な運動、適量の飲酒は許されています。運動は早朝のランニング、自転車通勤を再開し以前と同じ程度のトレーニング量を維持しています。酒もほぼ以前と同量を維持(??)しています。最初の3ヶ月ほどは月一回だったCT、MRI検査も今は2ヶ月半に一回程度になり、服用している薬もデグレトールという抗てんかん薬だけになりました。これも先日受けた脳波検査の結果が良ければ、飲まなくて済むようになりそうです。

 ではもう病前と全く同じに戻ったかというと、残念ながら違います。現在、二つの後遺症が残っています。一つがからだのふらつきで、もう一つが記憶障害です。前者は手術直後から意識していて、時間ととも少し良くなっているような気がしますが、まだ完全に元通りではありません。歩いたり走ったりしているときにはそれほど感じませんが、立っているときに少し体のバランスを崩すことがあります。走行中の電車ではつり革やポールを持っていないとよろけてしまいます。最近も診察時に主治医に相談してみましたが、歩いたり、走ったりできるだけでありがたい思わなければならないと諭されてしまいました。それでも、自分としては元通りとは言わないまでも少しでも治したいと思っているので、時間の経過や日々のトレーニングよって治ることを願っています。
 もう一つの記憶障害ですが、これを最初に意識したのは退院後の最初の通院時のことです。自宅から駒沢公園前までバスにのり、公園を横切って東京医療センターに行くつもりでしたが、なぜか公園のなかで道を見失いなかなか病院に着くことができませんでした。この公園は息子が小学生の頃、少年サッカーのコーチとして何度もチームを引率して来たことがあり、地理を把握しているつもりでしたが、なぜかうまく病院のほうに抜けることができないのです。その1週間後の通院時も同じように公園のなかで道に迷ったので、これはおかしいと思って診察時に主治医に相談すると高次脳機能障害の検査を受けるよう言われ、翌週同じ病院のリハリビ科でマンツーマンで1時間ほどかけて知能テストのような質問、問題に答える検査を受けました。結果は記憶障害ありというもので、記憶能力が40代平均を大幅に下回っていました。その後の日々の生活のいろいろな場面でこの障害を実感するようになりました。例えば、3月から詰め物の直しのために歯医者に2ヶ月ほど毎週1回程度通いましたが、そのうち二度も診察予約の時間に遅れてしまいました。こういうことがないように、クラウドのカレンダーに仕事、私用の予定をすべて書き込んでいましたが、朝予約の時間を見て頭に入れていたつもりが、なぜか間違えて記憶して、診察の時間を間違えてしまいました。日付、時間などはなかなか思い出せません。支障がないようにするために、PC、スマフォのカレンダーを何度も確認して予定をすっとばさないよう気をつけています。この障害もリハビリ担当医に尋ねたところ、時間ともによくなることもあるし、そのまま障害が残ることもあれば、悪化して認知症になることもあるそうです。私の場合、短期間に3度も出血しているので、この程度の機能障害は当然あるとのことでした。とりあえず、定期的に検査をして様子を見ることになっています。
 
 このように大病を手術で克服し、概ね術前と同じ生活が送れるようになりましたが、少し障害があることも事実です。主治医の話ではありませんが、確かにこの程度の障害で済んだことはありがたいことですが、やはり人間とは欲張りなものでどうしても以前の能力を維持したいと思ってしまいます。あせっていますぐ治したいとは思っていません。気長にゆっくり治していければよいと思っています。
 

 春になって、友人に誘われ山歩きを再開しました。今月になって高尾から陣馬までトレーニングがてらに歩き、先週は雨のなか奥秩父の深い山のなかをテントを担いで一人で歩いてきました。

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何度か歩いたことのあるコースですが登山道ではないので、わかっているつもりでもコンパスと地形図を見て確認しながら歩いてみました。テント山行に必要なものも忘れ物もなく用意できました。重い荷を担いで歩くこともできました。沢登りなどは今は無理かもしれませんが、こうして好きな山を一人で好きなように歩けるだけで今は十分です。


 これまでここに病気の顛末をいろいろ書いてきましたが、これからはできれば病気のことではなく、以前のように好きな山歩きや本やロッケンローのこと、その他くだらないことを書き散らしていければいいな、と思ってます。
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by mobydick67 | 2015-06-21 16:44 | Comments(6)

左前

アベノミクス?お好み焼ですか?ようござんす、結構でございます。ばらまけ、ばらまけ、世の中右肩上がり、アゲアゲ!どうぞご自由に。こっちはあいかわらず左前。断じて左前。

以前紹介したブラックラピッド SNAPR10/スナップR10 バッグ&ストラップ。山でも普段のちょっと出かける時も重宝してます。使えば使うほどよく考えられたカメラバック&ストラップ。もしも、万が一こっちも右肩あがりになって、大きめのミラーレスでも買うようなことがあったとしたら、ブラックラピッド SNAPR20/スナップR20 バッグ&ストラップを迷わず購入します。

もともとついていたロゴを外して、畦地梅太郎バッチに付け替えてみた。これであの版画のような写真が撮れるかな?撮れねえだろーなあ・・・

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このお気に入りのカメラバッグ、一つだけ気に入らない点がある。それは可動式カメラ固定ストラップがバッグの向かって右側についてること。実はバッグの類をΠ/、袈裟懸けで斜め掛けするとき、右肩にストラップをかけてバックが左前にくるようにならないと落ち着かない。それこそ幼稚園の頃から。このカメラバッグはうまく可動式ストラップをかすにはショルダーストラップを左肩にかけ、バッグを右前に持ってこないといけない。残念ながらこの可動式のパーツはストラップの縫製をほどかない限り外して付け替えることができない。

ちなみに所有している他の、大中小ショルダーバッグもすべて右前仕様!

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この手の市販のメッセンジャーバッグはたいていストラップ調整機構が向かって右側についているため、右肩にストラップをかけるとストラップを調整するときわざわざバックを前にもってこないと調整できないし、自分が持っているものにはついてないけど、ナポレオンポケットが装備されているものも、すべて左手を差し込む仕様になっているようだ。

落ち着かいないなあ、右前。そもそも日本では昔から刀だって左に差したし、利き手の右手で左前のバックを操作したほうが理にかなってると思うんだけど・・・


ん?どうでもいいことでした?
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by mobydick67 | 2013-02-20 19:16 | Comments(0)

奥秩父、ちょっと藪、秋の宴

お店に客が来るので、酒と肴を背負って歩いてきます。

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by mobydick67 | 2012-11-03 05:50 | Comments(0)

混雑を避けて

人気のない所をゆっくり歩いてきます。

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別に鬱ではありません。
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by mobydick67 | 2012-10-06 05:36 | Comments(0)

アパラチアン・トレイル膝栗毛

ビル・ブライソンの究極のアウトドア体験―北米アパラチア自然歩道を行く

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これもトム・ゴードンに恋した少女 と同様にアパラチアン・トレイルを舞台にした本。ただしこちらはノンフィクション。それまでアウトドア活動とは無縁だった中年のおじさんが急に思い立って訳ありの友人とアパラチアン・トレイル踏破に挑んだ弥次喜多道中の記録。ロングハイクに対する素朴な感動と愚痴、疑問、嘆きが綴られていて、ハードコアなUL装備と高邁な理想で武装してロングトレイルに挑むレイ・ジャーディンのストイシズムとは対極の脱力感に満ちていて微笑ましい。全踏破に拘泥していない、というより単に失敗しているところもいい。




とりあえず、歩き始める前にまずは一杯・・・



いつのまにか古書市場で阿呆みたいな高値がついてるなあ・・・良い本だけどそんな価値はないので文庫化希望。訳と邦題がかなり変。ついでに再訳も希望。
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by mobydick67 | 2012-09-12 21:58 | Comments(0)

残暑、パンク


先日、8月も終わろうかというのに、あいかわらず火釜の中のような都心を、港区某所の仕事先に自転車でヒィハアヒィハア喘ぎながら向かっていた。西麻布の交差点で停車した瞬間に前輪がパンク。思わず汚い言葉を口から吐き出す。目的地まであと2、3キロ。チューブ交換してたら遅刻しそうだから、しっかり施錠して道端に駐車、タクシーで仕事場に向かって、なんとか遅刻は免れた。

仕事が終わったあと都バスで駐輪したところまで戻り、盗まれたり撤去されてなくてひと安心。

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まだ西日が照りつけいるので、日陰を求めて青山墓地に向かった。

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走行中のパンクはほぼ2年半ぶり。タイヤにもチューブにもかなり大きな穴。

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サドルバックで常時携帯している替えチューブに交換。ちなみに携帯ポンプはBlackburn Airstick SL。実際に使うのは2度め。大きさの割には口金部分がしっかりバルブを固定して使いやすい。ヘルメットと手拭いを台にシコシコ。

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3分ほどがんばるとどうにか乗れるくらい固くなった(帰宅後、常用ポンプ付属のゲージで見ると約6気圧だった)。日陰でも汗びっしょり。もう替えチューブはないので帰路は路面に気をつけながらゆっくりと。



帰宅後よく見るとタイヤに空いた穴からチューブがヘルニア。

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まだもう少しこのタイヤを使いたいので補修することに。タイヤ専用のパッチPARKTOOL(パークツール) タイヤブート TB-2Cもあるようだけど、山道具の補修用に買い置きしてあるトラックの幌などの補修用の厚手シートで代用。適当な大きさ切り、穴に当たる部分には同じものを小さく切って粘着面に貼ったもの(これで露出した粘着面がゴキブリホイホイ状態で路面のゴミを拾って再度パンクの原因になるのを防げることを期待)を穴の部分に貼って繕う。

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とりあえずその後200Km以上乗ったけど今のところ問題なし。



パンクは忘れた頃にやってくる・・・・

Collected Works (The Complete Studio Recordings 1991-1994) / Painkiller


残暑は終わらない。
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by mobydick67 | 2012-09-06 22:17 | Comments(2)

奥秩父 山、谷、峠そして人・・・そして? 3

2012年5月5日

4時頃起きた。

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マルタイの屋台ラーメンを食べたり、小屋仕事をひやかしたり、ポップコーンを大量に作ったり、甲武信小屋新名物たい焼き(見てくれはいまひとつだけど美味い)とコーヒーをご馳走になったりダラダラ。今日の予定を徳さんに話すと、そんな寂しいところに一人だといくら酒があっても足らないだろうと芋焼酎を餞別にいただく。ありがたいことだ。

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さんざん長居して、11:30出発。縦走路を東、雁坂峠方面へ向かう。

久々に晴れ。気温も上がり霞がかかる。

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笹平避難小屋の前で一休み。最近お気に入りのしるこサンド。甘さ控えめで乾パンがわりに非常食にもなる。

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破風山。水を3.5Lほど背負っているせいもあってなかなかスピードがあがらない。

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15:40 雁坂嶺。

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ここから藪尾根、孫四郎道を下る。

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尾根はほぼ真っ直ぐなので、一度コンパスをセットして尾根を外さないように歩けば問題ない。念のため1/2万5000に加え、1/10000で出力した地図も持参。

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北面の樹林帯なので残雪はそこそこあって50cm~100cmくらい。腐りかけでときどき踏み抜くけどワカン、アイゼンなしでもなんとかなる。そこそこの藪で、やはり幼木が鬱陶しい。

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それでも途中、以前は道であったことを思わせるところも所々ある。

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16:20 仮称、孫四郎天平(まごしろうでんでいろ)。今夜はここに泊まる。

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柄にもなく空を見上げたくなるような、そんな場所。

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幕営適地を探す。といってもサッカーのフィールドが優に1面はとれる天平。どこでも適地だ。それでもなんとなくサッカーならセンターサークルのあるど真ん中当たりに仮の居を定める。

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テントを張ったらやることはいつも同じだ。

音楽もある。

Be True to Yourself / ALTON ELLIS


つまみもある。

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酒ならたっぷりある。

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客のいない、バー孫四郎・・・・・
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by mobydick67 | 2012-05-12 10:28 | Comments(6)

奥秩父 山、谷、峠そして人・・・そして? 1

タイトルがまるまるパクリですいません。奥秩父 山、谷、峠そして人 山田哲哉については、いつかここに書こう書こうと思いながら、あまりの大著なためこれまでついつい躊躇してきました。それでも近いうち必ず書いてみようと思ってます。まあそれはおいといて・・・


2012年5月3日

天気予報では関東は5月としては記録的な雨量の大雨だと言っているし、また甲武信小屋情報では今年はGWとしては残雪が記録的に多いというけど、とりあえず天気は回復傾向、気温も上昇し雨も降れば雪も少しは融ける(腐る?)だろうと予定どおり奥秩父を歩きにでかけることにした。

最寄り駅から電車に乗るとなぜかイジルとHピーが。今年は経路が違うので山では別行動、互いに予定通りに歩けばすれ違うこともない。塩山で降りる二人を見送り、ゆっくり鈍行列車の旅。途中小淵沢の乗り換え時にホームの立ち食い蕎麦で腹ごしらえ。GW中はいつも観光客でぎゅうぎゅうに混みあう小海線も乗客は疎ら。信濃川上駅からのバスに乗った登山客は自分を含めて二人だけ。共に梓山で降りた。毛木平方面に向かうその若者と別れ、11:15、小雨のなか梓川沿いの緩い坂を歩き始めた。

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12:00 町田市市民休暇村

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GWにここから入山するのも今年で三年目。ただし、今年は一人だ。もう誰も一緒に歩いてくれない。雨は上がり蒸し暑くなってきたのでレインジャケットを脱ぎ出発。日が長くなったとはいえ今日も長い道程、ペースをあげて歩く。

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最初の崩壊した作業小屋を通りすぎて少し歩くと・・・

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道はこの濁流のなか。いつもは踝くらいの深さで、幅も4、5歩程度なのに・・・・。枝を拾って杖にして渡るが、膝まで水に浸かりすでにこの地点で靴の中を濡らしてしまう。


さらに30分ほど藪に戻りつつある林道を歩くと、朽ちて崩壊した橋のある梓川本流を渡渉するポイント。ここも水が多いがもう靴を濡らしているので強引に渡渉。

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渡るとすぐにもう一つ朽ちかけた橋があるがこれも危険なのでもう一度左岸から右岸に渡渉して戻るとすぐに崩壊した作業小屋。ここからは完全に藪化した林道跡を進むことになる。


けものの痕跡と・・・

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ひとの痕跡。

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3つ目の作業小屋の裏に回り込むようにつけられていた林道跡は鉄砲水で完全に分断されていた。

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このあたりから足元は雪、その上は藪。

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少し歩くと道は完全に途絶え沢床に消える。タイミングをあわせたように大粒の雨が降り始める。

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予想はしていたが水量も多く、腐りはじめた残雪もたっぷり。

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ずぼずぼ股まで踏み抜き、踏み抜いた下には冷たい水が待ち構えている。堪らずアルミワカンをつけて歩くことに。渡渉しにくくなるが背に腹ははかえられない。

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少し広い右岸を行くが、時には冷たい沢を左岸に渡りまた戻る。以前はなかったピンクテープ、赤テープ、赤ペンキが主に左岸つけられていて、少し興ざめ。

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最初に歩いた2年前に道を間違えた支流ポイント。北方向からの流れは完全に雪の下に伏流。西よりから流れてくる本流に沿って進む。

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このあたりから流れは半分くらい雪の下。渡渉も沢を覆った雪の上。そろそろと渡って上手く渡れるときもあれば、踏み抜いて腰の下まで水に浸かることも・・・。対岸にジャンプして上手く渡れることもあれば、ずりずりずり落ちて水に浸かることも・・・・。

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雨、雪、沢水にいい加減うんざりして、震えながら歩いていると、以前はこれが岩小屋だと思っていたニセ岩小屋に着いた。16:20。

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hachiさんによると本物の岩小屋はさらに先らしい。冷えた体に鞭打って先に進む。ニセ小屋から10分くらい進むと右側に大きな枝沢。ただし完全に雪の下で沢音だけが聞こえてくる。大きな岩のようなものが先に見える。本流との合流点から70メートル進んで先ほど見えた大きな岩の裏側に回り込むと大きな岩小屋があった。

16:40 梓川岩小屋。

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前に雪が150cmほど積もって小さく見えるが中はかなり大きい。テントだと5張り程度。雑魚寝なら15人くらいが雨露をしのぐことができるだろう。

中から。

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とりあえず、荷を降ろし雨のなかの薪を集める。集めた濡れた薪に火をつけようと苦労していると、体がブルブル震えてきて寒さが我慢できなくなったので、焚き火&岩小屋でテントなしで泊まる案を諦め、持参したBig Agnes Copper Spur UL1を岩小屋の中に張る。

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完全に雪の下に伏流化した沢から雪に穴をあけて水を汲み、テントのなかに入ってコンロの火をつけると焚き火のことなんてどうでもよくなった。とりあえず熱いお茶を淹れて体を暖めたら、スルメやチーズをツマミにボンベイサファイヤをちびちびやりながら夕飯の準備。

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今夜はいただきものの賞味期限切れアルファー米でカレー。100均のシリコン蓋となんちゃってコージーを使って暖かいカレーライスを食べると、さらにカレーが食いたくなったので、カレーポップコーンも。

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これをつまみに音楽を聞きながらまたちびちび飲んでいたけど、よっぽど疲れていたのかあぐらをかいたまま酒の入ったコップを抱え込んで寝てしまったようで気がついたらもう22時。つりそうになった足を揉みほぐして、寝袋にもぐりこんだ・・・・


Kath Bloom 1981-1984

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by mobydick67 | 2012-05-08 23:26 | Comments(4)