「ほっ」と。キャンペーン

変化

2016年9月30日、甲武信小屋に行ってきました。

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西沢渓谷から徳ちゃん新道を登り、テントで一泊して翌朝千曲川源流沿いに毛木平に降りました。
ボッカ以外で、普通の登山道を登って、ただ降りたのは久しぶり。紅葉にはまだ少し早い曇天の山をそれなりに満喫してきました。

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山は逃げないし、いつまでもそこにあるので、焦らず好きなときに歩いて愉しめばいいと思っています。でも人は変わっていきます。亡くなったり去ったり。いつまでも永遠にいるわけではありません。寂しい思いをすることもあります。でも去る人もまた別のところで新しいスタートをきると思えば、背中を押してあげたい、そんなことを想う季節の変わり目です・・・・
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# by mobydick67 | 2016-10-02 16:05 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(2)

夏の音

少し前の遅い梅雨明けの後、午前中時間が空いたので出勤前に上野の国立博物館に寄ってみた。平日の午前中とはいえ夏休みの上野の山は人が多く、国立博物館も古代ギリシャ展目当ての人でごったがえしていたが、そんな人の横をすりぬけて本館の常設日本ギャラリーに向かった。ここは最近でこそ、外国人観光客や刀剣、鎧目当ての歴女たちが訪れるようになったけど、それでもまだまだ空いていて、涼みながらゆっくりするにはもってこいの場所。順路最初のほうの仏像なんかは素通りして、漆や金工、陶、アイヌ、沖縄の装飾品を眺める。展示物は定期的に順次入れ替えられるので、何度来ても飽きることはない。順路最後のほうの近代美術コーナーはあまり好きではないのでいつもは素通りするけど、この時はちょっと珍しいものがあった。

横山大観の富士

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数年前に雑誌かなにかで写真をみたことはあったけど、本物を見るのは初めて。偶然出会ったポップな大観富士。壁際のソファーに腰を下ろして遠目にゆっくり眺める。足を止める人もいなくて、とても贅沢な時間。儲けものでした。


美術館を出て不忍池のほうに降りると、ちょうど蓮の花の見頃。

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蓮の花は蕾が開くときに「ぽんっ」と音がするという。学校も勤務先もこの界隈だったから、こうやってこのあたりをうろうろするようになってはや30年近く経つが、まだその音を聞いたことはない。


蓮の花の音のことを教ええてくれたのはこの本。
芝木好子 「夜の鶴」

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下谷の置屋「鶴の家」に生まれた千賀子は、戦争前夜当時、13歳。私がこの日歩いたのとちょうど逆のルートを、早朝湯島方面から池のほうに蓮の花を見に歩いてくる場面からこの小説は始まる。下谷、湯島天神、東京都美術館、妻恋坂、黒門小学校、お茶の水など馴染みのある場所を舞台に、戦争に向かって暗い影の差し始める下町の花柳界を背景に物語はすすむ。


千賀子が通った黒門小学校は上野広小路の猥雑な一画に今もあり、そのそばの花月のかりんとうが私の密かなお気に入り。駄菓子ではない雑味のない上品なかりんとう。昭和22年創業ということなので件の小説には登場しない。季節によって包装が変わる。今は夏の金魚バージョン。

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かりんとうをポリポリかじってるうちに、今年の夏も無為に過ぎていく・・・・
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# by mobydick67 | 2016-08-13 11:14 | Comments(0)

野川を走る

2月末に上京以来30年住んだ世田谷区から、隣の狛江市に越してきました。いろいろと身軽になり、子供ももう大学生で校区を気にする必要もなくなったし、住んでいたマンションの隣に3年前にコンビニができて騒がしくなったので、少し静かなところに越すことにした。都心に自転車通勤できる範囲で物色して、結局、世田谷区、調布市、狛江市の市区境が交錯するあたりの築40年を超えた古いマンションに決めた。11階建ての10階で、ふた昔前の高層マンションのまあまあの高層階という、これまで住んだことのない高さにも惹かれたけど、なんといってもマンションのすぐ前を野川が流れているのが決め手。

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旧居では自宅から1kmほど走って仙川に出て、川沿いの遊歩道を4kmほど走り、また自宅に戻るというのが朝の定番ランコース。新居ではマンションから出て道路を渡ると野川の両岸に遊歩道が南北に伸びている。またコンクリで固めた川の堤の上のアスファルト敷の遊歩道ではなく、仙川にはなかった川幅の割には広めの川床の草生した踏み跡を走れば、朝露に靴を濡らしながら、途中横切る道路、歩行者や自転車を気にすることなく走り続けることができる。

3月末には遊歩道脇の桜が咲き、川床の菜の花がそれと競うように咲き誇ってた。

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清流から程遠い人造河川だけど、鷺や鴨、鵜が羽を休めてる。でかい鯉もいて、ときどきガキどもがルアーで釣りしてます。写真は撮れなかったけど一度カワセミも見た。

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負荷をかけるために少し寄り道して国分寺断崖をひいひいいいながら登ってたら、こんなのもいました。

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自宅を出てそのまま上流に向かって右岸を走り、帰りは左岸というのが定番コース。これを参考にしてます。

村松昭 散策絵図シリーズ13 野川散策絵図 (村松昭 散策絵図シリーズ)

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広げると3mを超える絵巻、そのうちいつも走るのは地図上で1mほどの区間。

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京王線、甲州街道馬橋をくぐると往路3km、中央自動車道、御塔坂橋で5km、がんばって野川自然公園の二枚橋、西武多摩川線をくぐると10km超というふうに、橋をメルクマールに途中止まることなく何も気にせず走れるのは最高!!以前は二日に一度だった朝ランが回数、距離ともに増えた。

5月になると川床の草丈が高くなり、踏み跡にもかなり生い茂るようになったけど、藪漕ぎラン!といい気になって走ってた。ある日走って家に戻ると、脚が少し赤くなっていたので何かにかぶれたかなと思ったけど、気にせずまた次の日も走りました。数日後、今度は走っていると脚が猛烈に痒くなり、見ると湿疹ができてました。それでも草をかき分けて走っていると今度はくしゃみが止まらなくなり、目も痒みが止まらなくなりました。これらの症状が走っていないときも治まらないので、さすがにおかしいと思ってアレルギー科、皮膚科医院に行って検査してもらうと・・・・当たり!

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イネ科植物の抗体が少し、またこれまでシーズンでも何も感じなかったスギ、ヒノキの抗体も少しありました。ということで、50歳前にして花粉症デビュー。とりあず薬を処方してもらい、川床を走るのはやめて遊歩道で我慢することに・・・。薬は10日ほど服用して、そのあとは川床を走らなければひどい症状はでなくなったけど。

6月になって眼下の川床を恨めしく睨みながら走っていると、草が刈られている区間が少しだけあった。数日後遊歩道と川を隔てる金網にこんな掲示が。

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おお、ありがとうごさいます、調布市様。どんどんお願いします。

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ということで、日に日に刈り終えた区間が拡がるのを見て、再び川床を走れる日を楽しみに待ちながら走る今日此の頃でございます。
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# by mobydick67 | 2016-06-18 16:02 | その他 | Comments(4)

春に開くのは桜の花だけじゃないよ

お願いして、2年ぶりに甲武信小屋の小屋開きに混ぜてもらいました。

2016年4月18日

立川で、ユウツだユーツだといいながらも、満更でもなさそうな小屋番づめりんとごっちゃんと合流、通学通勤で込み合う中央線で塩山へ。駅前ロータリーで笑顔で迎えてくれたワッキーの車に乗せてもらって西沢渓谷。

9:00、みんなで荷を分けて、春というよりも初夏を思わせる陽気のなかTシャツ一枚で歩き始める。

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麓の木々は、うずうずする春の匂いを放ちながら、新芽を膨らませ始めている。

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汗をかきかき軽快に登る。

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近丸新道との分岐を過ぎても雪は出てこない。聞いてはいたけど今年は本当に雪が少ない。雪が出てくるのは2000mあたりから。

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2200メートルを超えてからチェーンアイゼンをつける。空が曇り冷たいみぞれ混じりの小雨が降り始めたので、急いでカッパを着こむ。春山は装備の選択が難しい。奥秩父のゴールデンウィークは、雪が降って一晩で数十センチ積もることもあれば、大雨が降ることもある。この時期甲武信に登っていていつも思い出すのは、15、6年前に同じ道を登ったときのこと。4月初旬の暖かい日に半ズボン、T-シャツで西沢渓谷から登り始めて、最初は良かったがすぐに雪が出てきて、分岐あたりではもうしっかり積もっていたけど、暖かったのでそのまま登るとあっというまに膝下の雪になり、意地はってそのまま歩いているとすぐに膝上、股下と雪は深くなり、縦走路分岐あたりで耐えられなくなって雨具のズボンを履いたけど当時はまだスパッツというものを持っていなかったので、靴はぐじゅぐじゅ、体は冷え冷え、どうにか小屋の冬季小屋に逃げ込んだけど、持っていた寝袋も貧弱で、担いできたテントを小屋のなかに張らせてもらってしのいだ。翌日も天気は良かったが、とても頂上に登る元気などなかったので這々の体で来た道を下った。それ以来、春山にかぎらず装備は多め多め、行動は早め早めというのが山歩きの鉄則と考えるようになった。閑話休題。

いずれにしても今年は雪が少ない。縦走路との分岐あたりでも30cm程度。

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甲武信も遠目には雪が全くついていない。

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13:40、小屋に到着。先日の偵察時よりもさらに減ったとのこと。私もここのところ数年間この時期の小屋を見てるけど、こんなに少なくて土が見えてるなんて初めて。

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テン場もこのとおり、半分くらい雪がなく地面が露出している。

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この日は外は雨で雪も少ないので、小屋の中をざっと片付けて、美味しい鳥つくね鍋をいただいて・・・・酔っぱらいました。すみません。


2016年4月19日

ゆっくり起きて昨日の鍋の残りをうどんにしたものをいただいて、ゆっくりとお仕事開始。まずはワッキーと雪かき。量は少ないけど早くから暖かくなったせいか、溶けたり凍ったりを繰り返した雪には厚い氷の層があって意外に手強い。それでも、無心になってシャベルで雪を崩して放るのは気持ちいいな。

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一段落したら、今度は笛吹川水源の偵察から帰ってきたづめりんを先頭に、水源にポンプ設置を設置するために降りる。今年は秘密兵器のおかげで何度も降りたり登ったりすることなくすんなり水が揚がる。文明万歳!!

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お昼は痺れるような?コクのある越冬カレーをいただいて、そのあとも雪かきと翌日のヘリの荷揚げ、荷降ろしの準備。そこそこできりあげて、旨い酒と肴で宴。奥秩父の未来をめぐって議論が白熱したけど、心地良いギターで口直し(耳直し?)して、お休みなさい。

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2016年4月20日

当初の予定ではもう少し後になるはずだったヘリの荷揚げが、前倒しになってこの日飛ぶことになったので、朝から場所の確保、麓に降ろす荷の準備など粛々と進めて、もういつでもこい!と準備が整ったのが10時過ぎ。上手くいけば昼前に開始と聞いていたけど・・・・なかなか飛んでこない。間延びした長閑な時間が過ぎていく・・・。

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結局予定どおり13:00、麓の栃本からの第一便が轟音を響かせながらやってきた。



づめりんが身振りでヘリを誘導して、小屋裏の狭い場所に荷を降ろす。以前も見たけどなかなかの壮観。ヘリも誘導するほうも危険な作業です。

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今回は合計7便。ヘリが降ろした荷を4人で急いで小屋に運び込むと、一服するかしないかのうちの次の便が来てまた同じことを繰り返す。なかなか堪える作業。帰宅後久々に筋肉痛になりました。



無事7便分荷を下ろしたあと、軽食をいただいでワッキーとふたり西沢渓谷へ急いで下山。とばすワッキーをヒイヒイいいながら追いかけてどうにかこうにか明るいうちに下山。麓近くの唐松林がつい2日前に登ったときより緑を濃くしたように見えたのは気のせいか・・・・

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麓はもう春から初夏へ、もうすぐ山にも春がやってきて、小屋も開いて、お山の一年が始まる。奥秩父で働く人、奥秩父を歩く人にとって、事故のないよい1年になりますように。
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# by mobydick67 | 2016-04-24 16:12 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(2)

春はブルースだ

緩んだり冷えたりしているあいだは、まだ蕾を膨らませていただけなのに
春雷が夜空に響いたり、夏日がきたりするうちにいつのまにか気が早いのが咲いて・・・・

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一つ咲いたと思ったらあっというまに次々と咲き誇りやがって・・・・

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やっぱり春はブルース、憂鬱だ。


先日友人たちのライブに誘われ、久しぶりに生で音楽を聞いた。昨年の今頃は音楽を聞いても耳障りなノイズにしか聞こえなかったけれど、最近やっと音が耳から少し先に届くようになった。心地よい夜。
そのライブの少し前、ライブにも出演した友人とSNS上でFACESの”Glad and Sorry”はいいね、”Ooh La La”のB面は大好きだ、というやりとりしたら、ライブでGlad and Sorryをモチーフにした曲を歌ってくれた。ありがとう。Happy and SadにはGlad and Sorry。

Ooh La laのB面には、もう一つ好きな曲がある。

”If I'm On The Late Side”



If I'm late, darling, don't hesitate
Just go without me and I'll see you there anyway
If I miss you at the station
I want you on that train

I don't want a sad sack
'Cause I'll be there come what may
Leave a message with the porter
Or leave it at the gate
Just let me know that you're aboard her
Just a word to know that you're safe

I walk from Maryland to Silvertown
I hoped to catch you in the street
I must have missed you by a moment, dear
I tried the place we always meet

So if I'm late, darling, don't hesitate
Go on your own some
And I'll catch you there anyway
I might lose some time, babe
But if I do I'll make amends in an hour
When I'm laying down beside you


ロニーとロッドの歌を訳してみるよ。


ダーリン、もしも僕が遅れたら遠慮しなくていい
僕をおいて先に行ってくれよ、どうせそこで会うんだから
駅で会えなくても
君は列車に乗ればいいよ

じたばたするのはいやだな
どうせ僕もそこに行くんだから
ポーターに伝言か
入り口に張り紙を残しておいてくれ
君がそこにいて
無事だとひとこと教えてくれればそれでいいさ

僕はメリーランドからシルバータウンまで歩いたよ
君に会えるかと思って
いつも会っていたところを探してみたけど
きっと入れ違いだったんだな、ベイビー

だからもしも僕が遅れても遠慮はいらない
好きにしていいよ
どっちにしてもそこで君に会うんだから
僕も時には迷うかもしれない、ベイビー
それでも君のそばに横たわって
一時間もすれば償えるよ


最初に聞いた頃、この歌がよくわからなかった。なんだかそっけない歌だなと思っていたけど、最近やっとわかるような気がしてきた。



だから春はブルースなんだよ。
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# by mobydick67 | 2016-04-01 00:00 | 雑感 | Comments(0)

雪はどこ?

今年の師走は、2年ぶりに恒例の甲武信小屋の年末年始営業のボッカに参加させていただきました。

2015年12月27日
づめりん、平野さん、ごっちゃんと待ち合わせて車で一路長野県川上村へ。そこでかねやんと居合わせたいおりさんや金峯山小屋の小屋番さんも合流して、村役場となりの食堂でわいわいと。その後白木屋でも遅くまで・・・・麓の夜は長い。

2015年12月28日
朝食を腹一杯食べて毛木平へ。聞いてはいたけど雪は少ない。というよりもない。荷をみんなで分けて7:00出発。

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それでも少し歩くと雪が出てきて、なんだか嬉しくなる。

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年末ボッカの一番大切な荷はこの一斗樽。みんなで交代しながら背負う。

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雪は少ないけど、カリカリのところもあるのでアイゼンは必須。このぐらいの雪だと奥秩父では軽いチェーンアイゼンが重宝。

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千曲川源流の狂人。重いもの背負っていても、いやそのせいで、頭もからっぽになり、足取りも軽くなる。

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千曲川水源でも雪はこの程度。

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こんなに雪が少いと、トレースをつける必要がないのでピークを巻く。

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あっというまに小屋に到着。まだお昼前。雪も荷も少なく、楽なボッカだったなあ。

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一休みしたあとは、小屋の中をさっと片付けて、さあ一杯!のはずだったけど・・・・・今年は水や電気といったライフラインのトラブル、小動物たちのイタズラの後始末などいろいろやることが多い小屋開き。それでも暗くなる前には美味しい酒と肴にありつけた。

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2015年12月29日

朝起きると外は小雪がちらついていた。

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片付けやいろいろな問題への対応が一段落したのはお昼前。2300mにある厳冬の零下−10℃以下の小屋で、蛇口をひねれば水が出て、スイッチをパチンとすれば灯りがつき、食物をちゃんと保管して食事を出すのはなかなか大変なこと。そういうことを教えてもらえるのも、冬のボッカならでは。

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お昼には一緒にボッカした平野さんやかねやんが下山していき、午後になるとぼつぼつお客さんが到着したり、他の助っ人たちも到着。ちびちび飲みながら、手伝いというよりも、小屋仕事の邪魔をしながら宵を待つ。夜はお客さんたちと一緒に夕食、というか豪勢に酒と肴をいただいて・・・・・ごちそうさまでした。

2015年12月30日
この日は、小屋への水揚げが済んだところで、昼前に小屋を出発。みなさんありがとうございました。

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この日は快晴。

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南面の甲州側のみちはさらに雪は少ないけど、低い陽の光に冬を感じながら林の中を下る。

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無事下山して、西沢渓谷のこんにゃく館で一杯やってバスに乗ると、若い登山者からモービーさんですかと話かけられ、話をしてみると、奥秩父の藪尾根や廃道にとても詳く、電車で別れるまでちびちび飲みながら(こっちだけです)しばし奥秩父藪談義に花が咲きました。教えられることも多くとても楽しい時間でした。


ということで、今年もよろしくお願いします。

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# by mobydick67 | 2016-01-01 20:31 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(2)

今年も龍勢に行ってきたよ

順番が逆になってしまったけど、今年の龍勢も声をかけていただいて行ってきました。

2015年10月11日

今年の武甲雲流の打ち上げは15番目、13:00からということなので、少しゆっくり9:30くらいに会場の秩父吉田の椋神社に到着。着いた頃は小雨が降っていたけど、すぐに上がって青い空が雲間にのぞきはじめた。

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晴れると酒もすすみ、みんなハピー。

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正太郎もハピー。

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今年の武甲雲流はなんでも秩父アニメ「あの花」とコラボだそうで、アキバ系の人も寄ってくる。

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寄ってくる??

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肝心の龍勢も今年はみんな絶好調。次々と天高く上り、大きな花を咲かせていく。

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酒もいい感じにまわって興が乗ってきたころ、いよいよ武甲雲流の打ち上げ(ひどい手ぶれすみません)。今年の口上も、かつて雁坂小屋の小屋番をつとめた横田さん。



ええ、残念でした。まあそういうこともあらーねぇ。また来年!


こんなものも頂きました。ありがとうございます。ボケて徘徊してもこれがあれば大丈夫!!

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龍勢のあとはホルモンの高砂で打ち上げ。そばのせきたの社長も加わり楽しい宴。

秩父はいいとこだいね。
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# by mobydick67 | 2015-12-22 14:53 | その他 | Comments(0)

奥多摩 オネオネタニオネオネオネ

友人と初冬の奥多摩歩き。予定は三人で宴会山行だったけど、いいだしっぺが家の事情で不参加となって、ツトピーと蛆がわく?男二人の山歩き。

2015年12月6日

奥多摩駅から日帰りの登山者ばかりのバスに乗って日原へ。東日原バス停横の水場で水を汲む。今晩の幕営地には水がないので各自4リットルほど。日原から先はヤケト尾根とタワ尾根のどちらかと曖昧にしておいたけど、奥多摩までの車中で、天気もいいし、暖かい南面のいつものタワ尾根に決めた。

小川谷林道は相変わらず燕岩下の洞門設置工事で通行止め。29年11月下旬までとのこと。

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一石神社の脇からタワ尾根にとりつく、高度差300mほどのきつい斜面についたつづら折りのやせた道は、落ち葉ですべりやすく歩きにくい。

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標高1000mあたりから尾根道は広くなり、しばらく歩くとそろそろ終わりを迎えようとしているミズナラの巨木が見えてくる。

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ここで一休み。ツトピーが作ってきてくれた弁当で腹ごしらえ。嫁にしたいマメな男です。ありがとう、ごちそうさまでした。

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ここからは落ち葉を踏みながら緩やかな尾根をつめる。

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テント1泊にしてはデカイな。

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荷は少し重いけど、気持ちのいい明るい尾根道歩き。

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むこうに長沢背稜、酉谷避難小屋。

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11:00 ウトウの頭。一本たてて、四軒小屋尾根を下る。最初は藪だけど、少し下ると開けたどっしりと広い尾根になる。

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四軒小屋尾根の狂人。

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お昼前にはいつもの場所に着き、テントを張る。

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テントを張ったら、山で男二人、やることはひとつ?・・・・・たまごたっぷりのおでんをつつきながら・・・・・いつの間にか日も暮れ・・・・

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山の夜は長い、と言いたいところだけど、この晩は眠くて早めにお開き。



2015年12月7日

5時頃起きると、夜は曇っていた空が晴れていた。

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湯をあたためて熱いお茶飲んで、昨夜のおでんの残りにうどんを加えて朝食。ゆっくりコーヒー飲んでテントを畳んで身支度。空が明るくなり、尾根に朝日がさすころ出発。

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昨日地図を片手に、もう一方に酒の入ったカップを持って、翌日のルートをいろいろ検討。とりあえず歩いたことのない、中段歩道より下の四軒小屋尾根を小川谷三叉まで下ることに。 

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中段歩道との交差点。ここから下は歩いたことがない。中段歩道は前回歩いた時、予想以上に荒れていて途中で引き返すはめになった。

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四軒小屋尾根下部は地図のとおり、ゆったりとしたつづら折りの道だった。とても歩きやすい杣道。

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林に杉が交じるようになると沢が見えてきた。丁寧な杣仕事の跡。

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三叉。小川谷林道が工事で通行止めになり、ここから上の酉谷避難小屋への道も荒廃した今、ここを訪れる人は少ないだろう。遠回りを覚悟で、ここまでテントと酒を担いで歩いてくるのも酔狂でいいかもしれない。

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ここから小川林道まで戻る道は痩せたトラバース道であまりよくない。17、8年前に初めて歩いたときは荒れてザレていて怖いおもいをしたが、それから数年後に再訪したときは危ないところには桟道がつけられしっかりと整備され見違えるようになっていて驚いた。あとできいたところによると、雲取に登った皇太子が下山路に使ったときに整備したらしい。しかしそれから10数年、震災以降、公式には小川谷林道が歩けなくなって4年。再び荒れ始めている。

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ひやひやするところ数カ所をやり過ごし、林道に入り、すぐに東にのびる枝道を少し歩いて、七跳山尾根(ゴンパ尾根?)にとりつく。ここも今は歩く人は少ない。

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昨日より荷は軽くなったけど、一旦谷まで降りて再び尾根を登り返すのはなかなか堪えた。

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途中前を歩いていたツトピーが古い鹿の角を発見。根が残っているので、抜けたものではなく死んだ鹿のものかもしれない・・・・

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七跳山ピークは巻いて長沢背稜に。ここからは高低差の少ない気持ちのいい道。

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石尾根の向こうに富士が白い頭を覗かせていた。

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ハナド岩から望む手前のタワ尾根とその向こうの石尾根。

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ずんずん歩く。

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今回はプリントアウトした1/25000地形図に加え、奥多摩登山詳細図/西編を持参。杣道、廃道情報に詳しくとても役にたつ。ただ、2014年出版と新しいが、ところどころ古い情報も混じっているので要注意。

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ずんずん歩く。

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今回は県界尾根ではなく水源監視路をあるいたが、仙元峠だけは尾根筋を歩いた。奥多摩から秩父へと抜ける古道。まだ歩いたことがない。いつか歩いてみよう。

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ここから先もずんずん歩く。途中蕎麦粒山を巻いたあたりで林業演習で杉に登ってチェンソーで枝を落としている若者たちに遭遇。

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これに気をとられて本来なら南東に進んで川苔まで長沢背稜を歩くはずが、南面の尾根に入ってしまった。いつまでたっても下りが続くのでおかしいと思ったときはもうかなり下っていたので、そのままこの鳥屋戸尾根を下ることに。落ち葉の積もった道をずんずん下る・・・・?

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15時過ぎに川苔橋に無事下山。

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駅でバスを降りると、定休日で開いてないと思っていた天益に灯りがついていたので無理をいってカウンターに座らせていただき、濃いめの澤乃井新酒をいただいて、いい気分で電車に乗って・・・・なんとか帰宅。酒と友はいいね。ああ、登ったり降りたり、また登ったり・・・・山歩きもいいね。
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# by mobydick67 | 2015-12-21 18:49 | Comments(2)

秋を追っかけて

10月に山を歩いていこようと休みをとったけど、天気が悪く、気分も乗らなかったため見送り、いつのまにか11月。里は秋爛漫だけど、山はもう秋というよりも初冬。初雪がちらついたとかなんとか・・・・逃げる秋を追いかけて奥秩父を歩いてきた。

2015年11月11日

3日休みをとって藪とか小屋とか楽しみながらゆっくり歩く予定だったけど、天気やらなんやらで1泊2日に。車なし都内生活者の王道、甲州西沢渓谷から。平日とはいえ、すでに紅葉の終わった西沢渓谷には人影がない。登山口の木々もすでに葉を落としている。

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それでも針葉樹のなかにぽつりぽつりと散在する広葉樹はなぜかまだ少し赤い葉を残してがんばっていた。

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黄金色の唐松も上の枝に少しだけ葉を残す。

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なかなか威厳のある後姿。

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ザックはGRANITE GEAR nimbus meridian。20kg以下の荷なら背負やすく使い勝手のよいザック。

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とことこ登ってザレ場で見た富士は雲海に浮かぶ島のよう。

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甲武信と狂人。

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で、昼すぎに小屋について一服させていただき、いつもの場所にツェルト。

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夜は美味しい酒と肴をごちそうになりました。小屋泊まりのお客さんは7人。ゆっくりできた。最近流行っているとのこれもいただきました。

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久しぶり、楽しかった。



2015年11月12日

翌朝はゆっくり7時に出発。武州秩父大滝川又をめざす。

笹平避難小屋手前のザレ場でもまた雲海富士。

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今回は使い慣れないカメラを持参して、設定を間違ってたようで画質が悪い。フレーミングが悪いのは誰のせいだ?

破風山ピークの手前でも雲海富士。

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破風歩道。来年はここと柳小屋を繋げてみたい。

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距離にして100mほど下ってみた。

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古い杣の跡はあるが、下りだと広い尾根でルート間違えそうだから、柳小屋から尾根をつめて下りは青笹尾根がいいかなあ。でもここまできたら甲武信小屋に寄りたいし・・・・


雁坂嶺までの尾根からも雲海富士。

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で、いつものように孫四郎尾根でショートカット。

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あたりまえのことだが、倒木が増え、少しづつ荒れが進んでいる印象。何度も歩いているけどやはり最初は広い不明瞭な尾根なので1/25000とコンパス頼りに下る。

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きのこじゃないよ。

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仮称 孫四郎天平で一本立てる。

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そのまま尾根伝いに下ると、びっくり!最初の小ピーク前の鞍部にいつのまにかこんな看板が。

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え?ここが孫四郎峠だったの?なんとなくもう一つ下の鞍部、登山道におりるところがそうだと思ってたんだけど・・・・最近、雁坂小屋のご主人がいろいろ道の整備などに力を入れられていると甲武信で聞いたのでこれもその一つかな。いずれにしてもつぎの鞍部から右側に少し下って登山道に復活。

地蔵岩にも上がってみた。雁坂嶺から今下ってきた孫四郎尾根を一望。

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あとは武州奥秩父らしい気持ちのいい道を川又まで下る。

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意外に早くバス停につき予定よりも一本早いバスで秩父へ。強引に川上家に泊めてもらい、山でするはずの二泊目は雨の秩父で。正太郎とも一緒に呑めたし、酒、肴、つもる話し・・・ご馳走さまでした。楽しかった。

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それで、山はいいなあ、以前のようにもっとたくさん歩きたいなあと思っていた矢先に、悲しい知らせが届いた。

11月28日、毛木平から甲武信を目指して歩いていた渡辺さん(ぼのぼのさん)が、途中で(おそらく心不全で)倒れて亡くなりました。渡辺さんはとても優しい、気どらない人で、私のような無礼な酔っぱらいでもいつも暖かく受け入れてくれました。ハンサムで山でもおしゃれでダンディ。下界で一献ご一緒させていただいたいたときは、仕事帰りでコート、スーツを着た渡辺さんの姿があまりにキマっていて、いい加減な格好をした自分が恥ずかしくなりました。酒席では、いつも見た目とギャップのあるおちゃめで絶妙な酔いっぷりで、見習いたいと思ってました。先輩、というよりも師匠のような人で、山に限らずいろいろなことを教えてもらいました。先日春の宴会でお会いしたとき、自分は心も頭もぼんやりざわざわしていてあまり喋れませんでしたが、今年定年だからこれからはゆっくり山、家族との時間を楽しむとおっしゃっていたのに。まだまだいろいろ教わりたい、手本にしたいと思っていたのに。

残念、悲しいという言葉ではとても足りません。


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渡辺さん、これからはゆっくり休んでください。ありがとう。
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# by mobydick67 | 2015-12-05 12:02 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(4)

広、長浜、小坪、小須磨、仁方、広

呉に帰省中。
毎日中途半端な天気で、遠出という気分ではないので、今朝は早起きして近くを走ってきた。

自宅を出て、地元で「バイパス」と呼ばれている、戦後米軍の弾薬輸送のためにできた道路からスタート。

工場地帯を抜けて・・・

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米軍弾薬庫を横目で睨みながら、峠を越えると・・・

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・・・そこは海であった。

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いつもはくだらないことをいうのが罰当たりなくらいなすばらしい光景が眼前に広がるけど、今朝はあいにく朝霧で峠の上から海は見えなかった。それでもこの峠を越えると途端に潮の香りが強くなる。

峠を下って小さな漁村(坂田明の故郷、長浜)を抜けると、そこからは道は海と山のあいだのわずかな土地にへばりつくように続く。雨が降ってきたけど気にならない。 

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ちいさなちいさな造船所。

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小学生の頃は、自転車の荷台に釣り道具と釣竿を括りつけて悪童たちと毎週末通った。
中学に入ってロードマンを買ってもらうと、何の目的もなくこの道をがむしゃらにとばした。側溝につっこんで、一回転半の背中着地というウルトラCをキメたこともあった。
大人になっても、結婚前の妻が運転する車でドライブした。
息子と自転車でツーリングもした。


これまでもこの道のことは何度かブログやFBに書いたけど、何度書いても書きたりないくらいいい道。できれば東京にこのまま全部持ち帰って毎日走りたい・・・・


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# by mobydick67 | 2015-08-21 17:04 | その他 | Comments(0)

雨の奥秩父、そぞろ歩き

先日ひさしぶりに雨の奥秩父をぶらりと歩いてきた。奥秩父を歩くのは2014年4月の小屋開けボッカ以来、テント背負って一人で歩くのは2013年9月の真ノ沢以来だ。

2015年6月18日

自宅最寄り駅から鈍行列車を乗継ぎ、信濃川上へ向かう。

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小淵沢へは一本早く着いて、立ち食い蕎麦。ホームにあった店はエレベーターの増設でなくなっていたので、改札出た駅舎の店で、いつもと同じようにさくら肉そば。

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信濃川上からバスに乗って梓山へ。地元の老人が途中乗ってきた以外に乗客はいない。梓山からは収穫最盛期のレタス畑を眺めながら南へと農道を登る。

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途中、町田市国民休暇村あたりから雨が降り始める。カッパを来てザックにレインカバーを被せて林道を歩く。途中路上一面にいちごの花が咲き乱れている。残念ながらまだ実はなっていない。一ヶ月後に練乳持って再訪しよう。

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国師、岩屋林道方面との分岐で南東へ、唐松久保沢に沿って苔むした沢床を歩く。何度か歩いた道だけど天候、季節によって風景も変わる。

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幾つか堰堤を超え、最後の堰堤を左岸側から越えると緩い滝。

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ここから先はあちこちに苔むした幕営適地がある。

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欲張っていいところはないかと歩いているうちに、雨は本降りになり、斜度が増して、沢床も狭くなってきたのでもういちど来た道を下って適当なところでツエルトを張った。

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今回は予報ではずっと雨だったけど、雨天下でどのくらい使えるかテストするために、テントではなくファイントラックツエルトⅡロングを仮の宿に選んだ。床はタイベックとレジャーシート、ツエルトの床の3枚重ねにしたが、前室がないのでツエルト内の一部を腐葉土をむき出しにして靴置き場とコンロの使用に使ったが、ここから湿気がテント内に充満して内側が激しく結露してしまった。結局ゴアのシュラフカバーで覆った寝袋に入るとき以外は、ツエルト内でもカッパを着ることになった。靴もシートの上に置いて、地面からの湿気を遮断したほうがよかった。何事もやってみて初めてわかることがある。

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ツエルトの中に逃げ込んで、湯を沸かしお茶を入れて一服し、雨で濡れて冷えた体を温めてから、お茶を持参したジンにかえる。雨音、沢の音に耳を傾けながら飲む。インスタントのカレーラーメンにキャベツと豚バラを加えたものが今夜の夕食。

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腹が落ち着いたあとも酒に手がのびたけど、いつの間にか寝てしまい、夜中の三時くらいに目が覚めたときに枕元のコップに残っていたジンを飲み干したら、また飲みたくなって継ぎ足して・・・山の夜は長い。



6月19日

朝5時に起きると雨は小降りになっていた。前日水で戻しておいたアルファー米五目御飯を温めてインスタント味噌汁。

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食後のコーヒーを飲んだ後、雨で外にでるのが億劫だけど、あきらめて雨具を着て雨のなかツエルトをたたみ、荷造りして6:00出発。今日も沢沿いを進む。

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沢の源頭部を超えて少し登ると40mほどのガレ。

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右側を巻いて、幼木がうっとおしい針葉樹林のなかを上り、途中あまり歩かれていない様子の廃道化した杣道を超えて五郎山方面から縦走路の富士見まで続く天竺尾根にたどりつく。

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ここから富士見まではすぐだが、緩い尾根なので復習がてらコンパスと地図を使ってみる。

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7:30 縦走路の富士見に出た。ここからは登山道で甲武信小屋を目指す。富士見から東に少し下ったところかっらしばらく続く林は素晴らしい。ここも季節を変えて何度でも歩きたい道のひとつ。

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甲武信ヶ岳頂上は雨で展望がないので、素通りして小屋へと向かう。

9:30 甲武信小屋。久しぶり、1年2ヶ月ぶりだ。

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ごっちゃんやヅメちゃんに会うのも奥多摩の新年会以来。

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小屋で少し休ませてもらって、雨のなか濡れたツェルトをいつもの場所に張らせてもらう。

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いろいろ話をしながら小屋仕事を冷やかす。

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この日の小屋泊りのお客さんは団体さんが多く40数人。

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夜は酒と肴をご馳走になった。消灯後、ツェルトに戻って寝袋にもぐりこんだが、なかなか寝付けずラジオを聞きながらちびりちびりと飲んでいたが、いつの間にか寝ていた。

6月20日

早起きして小屋の仕事を手伝わせてもらっているうちに、雨があがったのでテラスにツエルトを干して乾かす。概ね乾いた頃に小屋の仕事も一段落して、コーヒーをご馳走になり、荷をまとめて、出発。復路は徳ちゃん新道で西沢渓谷へ。意外に早く着いて塩山行きバスにも間に合い、駅でワインを買って中央線鈍行で帰路についた。

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いつもと同じ山歩き。でも昨年はいろんなことがあって、今年になっても初めのうちは山のことなんか考える気持ちの余裕もなかったけど、こうしていつもと同じように、好きなところを好きなように歩くことができるのは嬉しい。また行こう、奥秩父。
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# by mobydick67 | 2015-07-04 19:07 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(6)

くも膜下出血顛末記 その4 退院後、後遺症

 昨年末の出血、入退院から6ヶ月が経ちました。今は通院しながら術後の経過を見ています。現状を書いておきます。

 退院後1ヶ月ほどは運動、飲酒等は禁止されていましたが、現在は適度な運動、適量の飲酒は許されています。運動は早朝のランニング、自転車通勤を再開し以前と同じ程度のトレーニング量を維持しています。酒もほぼ以前と同量を維持(??)しています。最初の3ヶ月ほどは月一回だったCT、MRI検査も今は2ヶ月半に一回程度になり、服用している薬もデグレトールという抗てんかん薬だけになりました。これも先日受けた脳波検査の結果が良ければ、飲まなくて済むようになりそうです。

 ではもう病前と全く同じに戻ったかというと、残念ながら違います。現在、二つの後遺症が残っています。一つがからだのふらつきで、もう一つが記憶障害です。前者は手術直後から意識していて、時間ととも少し良くなっているような気がしますが、まだ完全に元通りではありません。歩いたり走ったりしているときにはそれほど感じませんが、立っているときに少し体のバランスを崩すことがあります。走行中の電車ではつり革やポールを持っていないとよろけてしまいます。最近も診察時に主治医に相談してみましたが、歩いたり、走ったりできるだけでありがたい思わなければならないと諭されてしまいました。それでも、自分としては元通りとは言わないまでも少しでも治したいと思っているので、時間の経過や日々のトレーニングよって治ることを願っています。
 もう一つの記憶障害ですが、これを最初に意識したのは退院後の最初の通院時のことです。自宅から駒沢公園前までバスにのり、公園を横切って東京医療センターに行くつもりでしたが、なぜか公園のなかで道を見失いなかなか病院に着くことができませんでした。この公園は息子が小学生の頃、少年サッカーのコーチとして何度もチームを引率して来たことがあり、地理を把握しているつもりでしたが、なぜかうまく病院のほうに抜けることができないのです。その1週間後の通院時も同じように公園のなかで道に迷ったので、これはおかしいと思って診察時に主治医に相談すると高次脳機能障害の検査を受けるよう言われ、翌週同じ病院のリハリビ科でマンツーマンで1時間ほどかけて知能テストのような質問、問題に答える検査を受けました。結果は記憶障害ありというもので、記憶能力が40代平均を大幅に下回っていました。その後の日々の生活のいろいろな場面でこの障害を実感するようになりました。例えば、3月から詰め物の直しのために歯医者に2ヶ月ほど毎週1回程度通いましたが、そのうち二度も診察予約の時間に遅れてしまいました。こういうことがないように、クラウドのカレンダーに仕事、私用の予定をすべて書き込んでいましたが、朝予約の時間を見て頭に入れていたつもりが、なぜか間違えて記憶して、診察の時間を間違えてしまいました。日付、時間などはなかなか思い出せません。支障がないようにするために、PC、スマフォのカレンダーを何度も確認して予定をすっとばさないよう気をつけています。この障害もリハビリ担当医に尋ねたところ、時間ともによくなることもあるし、そのまま障害が残ることもあれば、悪化して認知症になることもあるそうです。私の場合、短期間に3度も出血しているので、この程度の機能障害は当然あるとのことでした。とりあえず、定期的に検査をして様子を見ることになっています。
 
 このように大病を手術で克服し、概ね術前と同じ生活が送れるようになりましたが、少し障害があることも事実です。主治医の話ではありませんが、確かにこの程度の障害で済んだことはありがたいことですが、やはり人間とは欲張りなものでどうしても以前の能力を維持したいと思ってしまいます。あせっていますぐ治したいとは思っていません。気長にゆっくり治していければよいと思っています。
 

 春になって、友人に誘われ山歩きを再開しました。今月になって高尾から陣馬までトレーニングがてらに歩き、先週は雨のなか奥秩父の深い山のなかをテントを担いで一人で歩いてきました。

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何度か歩いたことのあるコースですが登山道ではないので、わかっているつもりでもコンパスと地形図を見て確認しながら歩いてみました。テント山行に必要なものも忘れ物もなく用意できました。重い荷を担いで歩くこともできました。沢登りなどは今は無理かもしれませんが、こうして好きな山を一人で好きなように歩けるだけで今は十分です。


 これまでここに病気の顛末をいろいろ書いてきましたが、これからはできれば病気のことではなく、以前のように好きな山歩きや本やロッケンローのこと、その他くだらないことを書き散らしていければいいな、と思ってます。
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# by mobydick67 | 2015-06-21 16:44 | Comments(6)

くも膜下出血顛末記 その3 術後入院生活

2015年1月1日
手術の翌日12月30日に意識を取り戻しましたが、まだ意識が混濁していて、しゃべったり、ひとが言っていることがわかるようになったのは年明けてからで、気がつくとナースステーションの前の個室集中治療室のベッドの上でした。病名、病状について医者や家族から説明を受け、何度も「意識が戻ったのは非常に幸運」と言われましたが、その時は幸運なのかどうなのかわからないくらいこの病気についての知識がまったくありませんでした。
 気がつくと手には点滴の針が2箇所刺され、各種センサーがつけられていて、看護師さんが頻繁に点滴パックを交換し、採血し、血圧を測りにきました。何よりもびっくりしたのはいつのまにかペニスにカテーテルが刺されていたことです。一体誰が何のために???ペニスにさされたカテーテルは膀胱にまで伸びており、尿はすべて膀胱から直接カテーテル経由でベッドの柵にぶら下げたパックに貯め、これも看護師さんが頻繁にパックを空のものに交換し、尿量を記録され、脱水症状にならないよう頻繁に経口で水分をとるよう指導されました。くも膜下出血直後の症状として体内の水分コントロールがうまくいかなくなるようです。また、これもずっとあとで知ったことですが術後10日ほどは再出血、脳血管攣縮、脳浮腫などが起こる可能性が非常に高いため、このように厳重な管理体制下に置いて経口、点滴で薬を大量に投与するようです。とにかく大便のときに看護師さんに付き添われて室内の歩いて5歩のトイレに行く以外はずっとベッドの上で点滴を受ける生活でした。

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 手足も動くし、喋れるので楽観的にされるがままにしていましたが、ひとつだけ辛いことがありました。頭痛です。医者によると出血により脳内に残った血液のせいだということでしたが、これがかなり酷い頭痛で手術前の頭痛よりもひどいくらいでした。頭痛止めの薬を点滴で入れてもらいましたが効果はあまり続かず、術後1週間ほどは絶え間ない頭痛に悩まされ長く寝ることができませんでした。また1月5日には、網膜光凝固術という簡単な目の手術を受けました。脳内手術の数日後に久しぶりにメガネをつけてみると像がダブって見えたため眼科の診察を受けたところ、右目の網膜の端のほうが剥離しそうになっていたため、レーザーで焼いて網膜を固定する手術を受けました。手術といっても麻酔も使わず1時間半程度で終わり、すぐに効果が現れて元通りに見えるようになりました。主治医は原因についてはっきといいませんが、手術中、術前のCT検査等で大量の放射能を浴びたことが原因ではないかと思っています。くも膜下の検査、手術ではフクシマの原発作業員以上の放射能を短期間に浴びるようですが、治療には欠かせない過程なのでしかたないと思っています。
 1月6日夜に術後の経過も良かったため集中治療室から脳神経科の一般病棟個室に移りました。頭痛も徐々にひいてきて夜も眠れるようになりました。一般病棟に移ってからは家族以外の見舞いも許可され、親しい友人たちが見舞いに来てくれ、とても心強かったです。食事も一般食になり、リハビリも始まりました。リハビリといっても長いこと寝ていたために足腰が弱っているだけで、最初は院内の病室のあるフロアーを妙齢の女性理学療法士と見習いの女子大学生に付き添われて歩くことから始め、3、4日すると2人と病院の建物を出て敷地内を散歩できるまでになりました。楽しかったです。ただこの頃、歩いていても筋力の衰えとは別に、ふらつくようなバランス感覚が悪いような気がしましたが、歩けないほどではないので気にしませんでした。しかしこれは後になってもなかなか治らず今でも少し残っています。1月11日にはペニスに刺さっていたカテーテルを女性看護師さんに抜いてもらい(うっ!!)、術後初めてシャワーも浴びてすっきりしました。1月13日には個室から4人部屋に移り、点滴の種類も減って針も2箇所から1箇所になり、服用する薬も2、3種類になりました。1月13日、術後の経過を見るため、脚の付け根から脳まで再度カテーテルを挿入して脳血管造影検査を受けました。出血後のコイリング手術の際は意識がなかったので何も覚えていませんが、今回は脳神経科の手術室までベッドごと運ばれ、白衣を着てマスクをつけた人々に囲まれて麻酔をうけ、体を固定され検査を受けましたが、まるでSF映画の中にいるような体験でした。検査後、気がついたら病室に戻っていて1日安静にと言われました。翌14日担当医の診察を受け、再出血の可能性がないわけではないけど、体力の戻りもよく、その他の数値も良いので退院しますか?と訊かれたので二つ返事で退院します!と伝え、翌15日にめでたく退院しました。このときは自分の足で歩いて退院し、手術、入院費の支払いといった退院手続きも自分でしましたが、看護師からはくも膜下出血の術後に車椅子や移動ベッドでなく自分の足で退院する人は非常に稀ですと言われました。

何はともあれラッキーでした。
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# by mobydick67 | 2015-05-25 17:50 | その他 | Comments(4)

くも膜下出血顛末記 その2 手術

2014年12月29日
28日に東京医療センターに救急搬送されて集中治療室にかつぎこまれ、CT等の検査によりくも膜下出血との診断を受けて救命処置を施され、翌29日に手術を受けます。これはあとで知ったことですがくも膜下出血の手術は2種類あります。一つは開頭手術で頭蓋骨を切りとって、破裂した動脈瘤をクリップで挟んで再出血を防ぐ手術(クリッピング)。もう一つは血管内治療といって、脚の付け根の動脈からカテーテルを挿入して脳まで通し、そのカテーテルから紐状のプラチナを動脈瘤のなかにコイル状に詰め込んで動脈瘤に血液が流れこまないようにして再出血を防ぐ手術(コイリング)。詳しい理由ははっきりとは聞いていませんが、私の場合動脈瘤の位置、あるいは形状のせいでクリッピングができなかったため、後者のコイリング手術を受けました(追記:搬送時にすでに脳血管攣縮を起こしており、開頭してクリッピングを行うことができなかったということを、退院後の夏の診察時に担当医にききました)。実際、手術では動脈瘤にプラチナを詰め込むのに手こずり、予定よりも時間がかかったようですが、サポートカテーテルを使って補助することでコイル塞栓を終えたようです。ただ、私は倒れて以降意識はまったくなく、術中術後は麻酔も効いていたので何も覚えていません。

2014年12月30日
その後翌30日に脳神経科集中治療室で意識を取り戻したようです。そして、意識を取り戻したときにせん妄状態で「ちくしょうー」とか言いながら、ベッドに寝たまま柵を蹴飛ばしたり、点滴の針を取ろうとして暴れたため、ベルトやグローブで手足を拘束されたようです。この病気は出血により手足が麻痺して動かなくなることが多いので、医師や看護師は「元気のいい患者だ・・・」と苦笑していたようですが、私は全く覚えていません。はっきりと意識が戻って家族や看護師から病名、病状を聞き、自分のおかれている状況を理解したのは年があけてからです。「くも膜下出血」と聞いても、ほとんど知識がなくピンときませんでしたが、とりあえずしゃべることもできるし、手足も動かすことができたので悲観的にはなりませんでしたが、集中治療室でいろいろなものを体に繋がれ絶対安静という状況でした。
 
ずっとあとで退院して入院時の書類を整理していて、意識のない私に代わって家族が書名した手術、治療の同意書に添えられた説明書を見て背筋がぞっとしました。

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このように予後の非常に悪い病気ですが、高度な医療技術と医療スタッフ、そして家族の判断のおかげで現在ほぼ正常にほとんど不自由なく生活できているのは、ほんとうに驚くべきことで、いくら感謝しても感謝しきれないと思っています。






話はとびますが・・・・2月に退院後に初めて見た美術展は国立近代美術館の高松次郎展でした。ここの展示である作品を見て驚愕しました。脳動脈瘤コイリング手術では下記のようにコブにプラチナを詰めていくのですが・・・・

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高松次郎 「瓶の紐」

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そっくり!
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# by mobydick67 | 2015-05-07 10:22 | その他 | Comments(10)

くも膜下出血顛末記 その1 出血

このブログではこれまで山、里、街での己の愚行の数々を晒してきたので、昨年末に患った大病についても備忘録代わりに書いておこうと思います。「患った」というよりは「襲われた」というほうが感覚としては近いのですが、表題のとおり昨年12月に私はくも膜下出血で倒れました。

2014年12月11日
都内で親戚が集まる機会があり、夕方6時から新宿の居酒屋で宴がありましたが、私は幹事だったため、めずらしく焼酎一杯程度しか飲みませんでした。2時間ほどで宴は終わり自宅に帰りましたが、その際甥や姪など若い人を中心に数人が私のマンションにそのまま来て、やれ飲み直そうかとみんながテーブルについて、乾杯しようとしたまさにそのときでした。それまで経験したことのないような頭痛に襲われました。また脚の膝から上が少し痺れているような感覚もありました。「経験したことのないような」といっても、そもそも宿酔以外で頭痛などほとんど経験したことがなく、後で本やネットで調べるとこの病の頭痛は「人生最悪の」と形容されていましたが、そのときはとりあえず頭がグラグラするような頭痛で何か尋常ではないものを感じましたが、最悪かどうかはともかく酒など呑めそうもないので、他のみんなに頭が痛いので悪いけどもう呑めないと伝えてベッドに行き、そのまま倒れるように寝ました。
 すぐ寝たかどうかはもう覚えてませんが、翌朝になっても頭痛は治っていませんでした。ただ、慣れか、頭痛が弱まったのか、全く行動できないような状態ではなく、3日ほど仕事は休みましたが、その後年末で忙しくなかったせいありますが、仕事もしていました。酒を飲んでみても治らず、いつまでたっても良くならないので20日には市販の頭痛薬を飲んでみたけどやはり治らず、ようやく24日のクリスマスになって病院に行きました。町医者では後で大病院に廻されると思って、区内の某大病院に行き、受付で頭痛と足の痺れが10日以上続く旨を伝えると脳神経外科を案内されました。そこで頭部CTと脚のMRIを撮ったあとに診察を受けましたが、いずれにも異常はないとの診断で心労のせいだと言われ、少し強い頭痛薬ロキソニンを処方されました。
 
2014年12月26日
それでも頭痛はひかず、実はこのあたりから記憶が曖昧であとは家族による事後報告をもとにした記録になりますが、26日にトイレで倒れて意識不明のところを家族が発見し救急車を呼び、先ほどの大病院に搬送されました。しかし搬送中に意識は戻り、搬送先の病院でも再度CTを撮ったりせず、やはり心労のせいだという診断でタクシーで帰宅しました。

2014年12月28日
翌々12月28日午前中、風呂で再度倒れます。家族によると26日前後から傍目にも不審な行動が多く、この28日もなぜか午前中に入浴しようとして、家族も注意していたようですぐに倒れたことに気がついたようです。再び119で救急車を呼びましたが、このときは意識不明で呼吸も浅く人工呼吸を受けながら搬送されたようです。また、理由はわかりませんが、今回は前回の通院と救急搬送で診察を受けた病院ではなく隣の目黒区の国立東京医療センターという大病院に搬送されました。ちなみに今こうやって普通にパソコンでキーボードを打ったり、朝走ったりできるのは、手術、治療をしてくれたこの病院の医療チームはもちろんですが、2度ともすぐに気がついて救急車を呼んでくれた家族と、すぐに駆けつけて適切な処置をして迅速に搬送してくれた救急救命士のおかげです。感謝しています。
 こうして病院に搬送後、脳神経科の集中治療室に運びこまれ、生命維持のための処置を受け、MRI、CT、頭部血管造影検査によってくも膜下出血との診断を受け、翌日即手術することが決まります。ただこのあいだも私は意識不明、呼吸不全で、家族は担当医から手術をしてもこのまま意識はもどらない、あるいは手術前に死亡するかもしれないと担当医に伝えられたようで、広島の実家や滋賀の妹に連絡して母や妹が急遽上京してきました。

うーん、こうやって改めて文章にしてみると、もうかれこれ退院後4ヶ月近くたつのですが、我ながら今こうやってほぼ普通に生活できていることが奇跡のようです。とりあえず今は五体満足です。
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# by mobydick67 | 2015-05-04 18:10 | その他 | Comments(6)

やっぱり山はいいな

友人に誘われ、ひさしぶりにテントを担いで山を歩いてきた。最後に山を歩いたのは去年4月の甲武信小屋小屋開け、テントを持ち出すのは2013年の秋の真ノ沢以来。

2015年4月18日
つとぴーとよっちゃんと青梅線で合流して奥多摩へ。ものすごい数の登山客で溢れかえる駅前。バスで日原へ。小川谷林道が通行止めで封鎖され警備員も立っていたので、一石山神社下で水を汲み、タワ尾根をヨタヨタと登る。

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ウトウノカシラは素通りして四軒小屋尾根を少し下って目的の幕営地に14:00到着。

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テントを張って乾杯。肴はジンギスカン、焼鳥、チーズ、ミミガー等々食べきれないよ。酒もワイン、焼酎、ジン等々いっぱいあったけど、飲みきれないなんてことはない。友と星を見ながら酒。やっぱりいいな。

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翌朝ゆっくり起きて、それぞれ朝飯を食べ、コーヒーを何杯か飲んでテントをたたみ、ゆっくり出発。

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が・・・下る尾根筋を間違えて登り返すはめになる。さらにもういちど下って上段歩道をかなり歩いたところに崩落箇所があって先に進めず、来た道を戻り、登り返すはめになる。思わぬ往還を強いられたが、まあそれもよしと思えるくらいのんびり歩かせてもらった。

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結局、ウトウノカシラ経由でタワ尾根を下る。

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こんな山歩きも悪くない。来た道を無事下ったが、バスまで時間があったので、日原鍾乳洞食堂で一杯。

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このあと氷川ステーション食堂、天益と梯子してフラフラと電車に乗り帰宅。

歩く前はあまり気が進まなかったけど・・・
やっぱり山(・・・・そして酒)はいいな。
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# by mobydick67 | 2015-04-22 17:05 | 山歩き | Comments(8)

秋空に昇る龍

ずいぶん時間が経ってしまったけど、とてもめでたい事で、とても楽しかったので書いておきます。


2014年10月12日

恒例の秩父吉田の龍勢祭りに、誘っていただき行ってきた。
今年(2014年)の武甲雲流の龍勢は、成人した友人正太郎が奉納し、家族5人の希望を載せ、健康を祈念して打ち上げられ、秋空高く昇った。

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正太郎は口上やぐらから見守り、打ち上げやぐらでは父0号がぬさを振りながらこちらと同じ口上を詠み上げる。




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よかった、よかった。

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毎度のことだけど、秩父の懐の深さ、優しさを感じたよ。
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# by mobydick67 | 2015-04-16 11:20 | その他 | Comments(4)

春はBLUESだ

ご無沙汰してます。

昨年はいろいろなことがありましたが、生きてます。

最近、よたよたしながらランニングを再開しました。
先月から四ヶ月ぶりにまた自転車に乗り始めました。
本も読んでるし、音楽も聴いてますが、まだ頭や心に入ってこなくて、通り抜けていくようです。
それでも、近日中に友人と1年ぶりに山に登ろうかと思ってます。

ああそうだ、酒も飲んでますが、こんなかんじです。

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溢れるように咲き誇る桜を見ても、恨めしさや妬ましさしか感じなかったけど、それでも桜が散っていくのを見るとやはり寂しいね。

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やっぱり春はブルースだ。


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# by mobydick67 | 2015-04-09 09:11 | 雑感 | Comments(6)

イロメガネ


陽射しの眩しい季節到来。自転車にはもってこいの季節だけど、近視でスポーツ自転車に乗ってると色々面倒なことが・・・。コンタクトレンズだと風が強いと風圧でとれてしまったり、砂埃が目に入ってゴロゴロするし、クリアレンズの度付きメガネだと真昼や夜は問題ないけど、朝夕の陽の低い時間は眩しいし・・・。これまでは通勤時眩しいのは我慢して、クリアレンズ一つで済ませてきたけど、歳とってくると直射日光の眩しさや、黄昏時の光の急激な変化に目のアイリス(それと脳味噌)がだんだんついていけなくなってきて危ないので、対策を講じることにした。レンズ交換式スポーツサングラスは高いし、クリップオン式サングラスは以前山で使ったことがあるけど、使い勝手がよくないし、見え方もいまいちだし・・・と迷っていると、某安売りメガネ屋で度付き調光レンズ(カラーコントロールレンズ)の取り扱いが始まり、値段も普通のカラーレンズと較べてもそんなに高くない設定なので試しに買ってみた。


昨年の秋に購入して半年ほど自転車通勤時に使用。紫外線に反応して色が濃くなり、温度が低いとより濃くなり、高いとそれほど濃くならない。3月で気温13℃程度で快晴の日中だと3分もすれば、写真右眼くらい濃くなる。

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紫外線に反応して濃くなるのは早いが、暗いところに入って薄くなるのは遅いので、トンネル内などは要注意。今のところ慣れれば問題ない。先日甲武信小屋に行ったときに山で使えるかテストしてみたが、歩行時や作業持は当然まったく問題ないけど、トンネルと同様暗い小屋に入ってもなかなかもとに戻らないので少し不便でした。




フレームはスポーティなものではなく、大きめのウエリントンタイプを選んだ。ヒゲとメガネで、アローンでアダルトな雰囲気を狙ったのに・・・

Alone Again / BILL EVANS
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なぜかナードでむっつりスケベな感じになっちゃいました・・・

Eclectic Vince Guaraldi
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おかしいなあ。
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# by mobydick67 | 2014-04-25 21:22 | 自転車 | Comments(4)

shelterへ

甲武信小屋へふたたび。


2014年4月17日

高尾でづめちゃんと待ち合わせて、電車でゆっくり西へ。

憂鬱?観念しなさい。

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塩山でイオリさんに拾ってもらって、西沢渓谷へ。調子の上がらない隊長にあわせてのんびり。

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2000mあたりから雪が深く、ちょっとした藪漕ぎも楽しめる。

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甲武信小屋。一週間で屋根の雪はほとんど落ち、先週均したところが雪塊の山に・・・

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あとはひたすら・・・・

ザ・タイマーズ


・・・・・雪掻き。


アルバイトの後のビールは格別だね。もちろんビールだけで終わらないけど。



2014年4月18日

雪。朝起きたら10cmほど積もってた。

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この日は水源にポンプを設置して水の確保。ちょんぼして余計な手間をとらせてしまいました。すみません。

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無事水が小屋まで上がったらまた雪掻き。

この日は午後に茨城のSさんも上がってきて、差し入れにいただいた肉ですき焼鍋で宴。


2014年4月19日

快晴。

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ちょっと雪掻きして昼ごはんに越冬カレーをご馳走してもらって、イオリさんと下山。途中隼温泉で垢を落として帰京。



Belly of the Sun / CASSANDRA WILSON




奥秩父の真ん中にあるみんなのshelter甲武信小屋は、4月25日営業開始予定。
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# by mobydick67 | 2014-04-21 19:00 | 奥秩父:山歩きと備忘録 | Comments(2)